第13話 俺はニコルさんから病状を聞く
クレメンスさんのお姉さんに対して全く手を貸そうとしない父さんに業を煮やした俺は、家を飛び出してニコルさんの診療所へと向かった。
他人が手出しする問題じゃないと父さんは言うが、おおっぴらには手を出さなくても陰でこっそりやるとか方法は有るはずだ。それなのに何もやろうとしないだなんて信じられない。
ちょっと冷静に、というマリーの声を置き去りにして、俺は駆け足で日が沈んだ王都内を移動した。
ニコルさんの診療所の窓からは煌々と明かりが漏れ出していた。
日が沈んだ後もニコルさんの診療所は休まず診察を続けている。酔っぱらいに対応する為だと以前聞いた事がある。割と頻繁にアルコール中毒や喧嘩による怪我で診療所に人がやってくるらしい。そういった人達に絡まれるのは面倒だなと思いながらも、俺は扉を開けて診療所内へと足を踏み入れた。
診療所の扉の向こうは待合室と受付が設置されている。普段診療所内に入ると、受付の看護師さんが優しく出迎えてくれるんだけど、今は無人だった。待合室で診察を待つ人も居ない。灯りは点いているから奥の診察室に人が集まっているんだろうか。
「あら、ゲオルグ様どうしました?何処かで転んで怪我でもしましたか?」
奥に行こうかどうしようかと迷っていると、今朝高速船に同乗して一緒に村から来た看護師が声を掛けて来た。扉が開いて人が入って来ると奥の休憩室に知らせが行くシステムらしい。何かの魔導具かな。
俺は怪我や病気じゃなくてニコルさんに話があるんだと訴えた。
「ニコル先生は往診に行ってるので不在です。帰って来るのに少し時間が掛かると思いますが待たれるなら奥の休憩室でどうぞ」
どうぞと勧められるのならお邪魔します。因みにニコルさんはこんな夜更けに何処へ往診に行ったんですか?
「先程いらっしゃった男性がどうしても往診に来て欲しいと仰られて急遽往診に出られました。ちょうど他の患者さんもいらっしゃらなかったので、パッと準備して出て行っちゃいましたよ」
きっとクレメンスさんだな。クレメンスさんが南方伯邸にニコルさんを連れて行ったんだ。
解ってるよ。解ってるからマリーは服を引っ張るのを止めなさい。
南方伯邸に乗り込んだりなんてしないよ。大丈夫、走って疲れたからニコルさんが戻って来るまで休憩するよ。
どうしてそんな疑いの目を向けて来るんだろうね。
俺は看護師さん達と共に、休憩所で紅茶を飲みながらニコルさんの帰りを待った。
暫くの間看護師さんと駄弁って時間を潰していると、ニコルさんが同行した看護師さんと一緒に帰って来た。クレメンスさんとはどこかで別れたみたいだ。
「なに?また何か面倒事を持ってきたの?」
俺の顔を見るなり、ニコルさんはもの凄く嫌そうな顔をする。いつも俺が事件の引き金みたいな言い方止めてもらえます?
「いやいや、私の仕事が増える原因は何時だって君が絡んでいるよ。今回の往診だって君が父親に文句を言ったからだってあの画家君が言ってたよ」
むっ。クレメンスさんは何をニコルさんに言ったんだろう。あんまり良い言い方をしてなさそうだけど。
でもクレメンスさんがニコルさんに往診を頼んだのは間違いなさそうだ。
クレメンスさんのお姉さんの容体はどうでしたか?
「やっぱり面倒事に首を突っ込んでいるじゃないか。止めなさいと何度も言っているのに」
まあまあ、今はその話は良いじゃないですか。で、どうなんですか。ニコルさんの事だからもう治して来たんですよね?
「治ってないよ。あれは私の手には負えない奴だから」
なっ。ニコルさんが治療出来ない病気は無いでしょ。なんてったってニコルさんは。
「ちょっと待った。はぁ、分かったよ。ちょっと私の私室に行こうか。患者さんが来たら教えて」
ニコルさんは回復魔法が使えるんだから、って言おうとした口を塞がれ、俺はそのままずるずると引きずられていった。
「なんでもかんでもペラペラと口にして。スタッフにも内緒にしているんだから黙ってなさい」
はい、すみません。つい口が滑りかけました。
ニコルさんの私室には俺とニコルさんだけ。マリーも部屋の外で待ってもらっている。
「あの女性の体調不良は私には治せない。あれは病気や怪我といった類の物じゃないからね」
病気や怪我じゃないからニコルさんの回復魔法じゃ治せないと?
それ以外に体調を崩す要因って何さ。
「私達が居た地球でよくあるのは精神的な疾患だね。そしてこっちの世界で可能性として挙げられるのは、呪術の類だ」
じゅ、呪術?
つまり呪いってことか。いったい誰が。
「さあね。まだ呪いと決まった訳でも無いから。一応体力は回復させて来たから暫くは元気に暮らせるとは思うが、精神的な物だと本人次第だし、呪いは原因を何とかしないとダメだろうね」
ニコルさんの魔法で何とかならないんですか?
「私は心理学は専門外だし、呪術も昔ちらっと本で見ただけで正確な事は解らない。呪いなら日本人の方が詳しいだろ。なんだっけ、藁で作った人形に釘を打つんだっけ?」
ま、まあ昔はそんなものが有ったみたいですけど、現代日本人はそんな事やりませんよ。
そんな古臭い話より、体力を回復させる以外に何か出来る事は本当に無かったんですか?
「無理な物は無理。飲ませる薬も無いから、栄養とって体力付けて、外へ出て気分転換するくらいしか指示して無いよ」
そうか、ニコルさんでもダメなのか。
でも気分転換か。なるほど、気分転換ねぇ。
俺の顔を見たニコルさんは、どうでもいいけどこれ以上私の負担を増やさないでね、とぼやいていた。




