第12話 俺は気分転換に外出する
クレメンスさんが出て行った後も俺は暫く父さんと話していたが、特に父さんの気が変わることは無かった。
南方伯から救援要請が来ない限り、こちらから何かをすることは無いと父さんは断言している。跡目争いに首を突っ込むのは良くないと言う理屈は分かったけど、本当に何もしてあげられないんだろうか。
「ここでそんなに怖い顔をしているとカエデ様達に嫌われますよ。まだマチューさんへの連絡もしてないんですから外に出て気分転換しましょ」
ぐぅ、仕方ない。ここはマリーの言う事に従おう。父さんはこの部屋から当分出ないし、妹達を盾にするからこっちが不利だ。父さんと同様に、俺だって妹達には好かれたいんだからな。
「また変なことに首を突っ込むと捕まりますよ。いつもそうやって事件に巻き込まれるんですから」
男爵邸を出て冒険者ギルドへ向かいながらプラプラ歩いていると、マリーが俺にきつい言葉を投げつけて来た。
いや今回は跡目争いなんだし、クレメンスさんのお姉さんにちょっと手を貸すくらいじゃ何も起きないでしょ。
「はぁ、考えが甘いですね。跡目争いだっていうのは男爵の勝手な話ですよ。私は本当の事は隠されていると思っています」
本当の事って何よ。
「さあ、それは解りません。クレメンスさんが王都の南方伯邸で何か情報を得て来てくれるのを期待しましょう」
なんだよそれ、マリーも適当だな。
「不確かな事が多いんですから新たな情報が得られるまでは動かないって事ですよ。そんなことよりもゲオルグ様はロミルダの為にやることがあるでしょ。もうすぐ冒険者ギルドに着きますよ」
そんなことって、マリーから喋り出したくせに。
「ゲオルグ様がずっと難しい顔をしているからですよ。そんな顔で中に入ったら粗暴な冒険者に絡まれますから、止めてくださいね」
はいはい、気を付けます。
俺は両手で頬の筋肉を解した後、一度大きく深呼吸をして冒険者ギルドの扉を開いた。
冒険者ギルドの通信装置を使ってキュステのマチューさんに文章を送った。
桃の苗木は前回の物と実る季節を変えてもらう。夏前頃に実る早生種を頼んだ。
それから本の執筆依頼。詳しい話は次の通信時にするとして、植物を育てるために必要な知識を纏めた本が欲しい事を伝えた。
よし、これでギルドでやることは終わったな。一瞬で終わってしまった。
このまま家に帰って父さんに会うとまた気持ちが抑えられなくなりそうだから、何処かで時間を潰そう。
そういう時には図書館だな。静かに本を読みながら気持ちを落ち着かせよう。ロミルダの為に農学の本を探すのもいいな。
そうだ、ちょっと遠回りしてジャム屋の息子君に挨拶をしていこう。ジャム屋の店長も仕事に復帰して、生後10か月になる息子君を店に連れて来ている。所謂看板息子ってやつだ。
何かおやつを買って行って息子君のご機嫌を取っておこう。同学年の妹達と将来仲良くしてもらわないと行けないからな。嫁にはやらんけどな。
うむ、十分リフレッシュ出来た。
息子君は今日も可愛かったし、図書館では農業学の本も見つかった。残念ながら借りた後王都外へ持ち運ぶのは駄目らしい。こっそり持ち出してばれたら入館禁止になるんだって。それは困るから、時間を見つけてロミルダを図書館に誘おう。魔力検査は王都の冒険者ギルドでやる予定だから、当日急に来て緊張しないように下見させるか。その時に図書館に連れていけばいいよね。
夕食時になって俺が上機嫌で男爵邸に戻ると、ちょうど扉を開けて出てくるクレメンスさんと鉢合わせた。
「あ、ゲオルグ君お帰り。ちょっと事情が変わって王都から出ないことになったよ。でも暫くは絵本を作れそうにない。僕は忙しいから、詳しい話は男爵から聞いてね。じゃ、また」
そういってクレメンスさんは足早に去って行った。数時間前までは王都を出るって言ってたのに、急にどうしたんだろう。
俺は父さんから話を聞く為に、母さんの寝室へと足を向けた。あ、その前に手を洗わないと。汚れた手でカエデ達に触ったら、ニコルさんに怒られちゃうからね。
「クレメンス君のお姉さんは今王都の南方伯邸に居て、病気療養中だそうだ。2人の娘さんも一緒に王都に入るらしいぞ。本を売ったのは治療代の為だそうだ」
そうか、病気か。
思い出の画集を売り払わなきゃいけないくらい、重い病気で治療費に困っているのか。
でもそれならニコルさんの診療所を紹介したらすぐに良くなるよね。
「お姉さんは王都で一番大きな診療所を掛かり付け医にしていて、そこで治療中なんだそうだ。そこの診療所を使うのは南方伯の指示だとか。多分昔から懇意にしている診療所なんだろうな。一応クレメンス君にニコルさんの診療所は紹介したから話を聞きに行くくらいはするだろうが、どうだろうね」
どうだろうねって、理由が分かったんだからもっと積極的に手を差し伸べようよ。南方伯の指示で診療所に通っているのに、本を売らないと治療代を払えないなんておかしいよ。
「ゲオルグが助けたいと思う気持ちはよく分かるが、これをどうするかは南方伯の判断だ。ニコルさんの診療所で少し薬代を安くしてもらうくらいしか俺には出来んよ」
出来ないじゃなくてやらないんでしょ。もうわかった、今からニコルさんの所へ行ってくる。
俺は夕食を食べるのも忘れ、男爵邸の玄関を出た。




