第9話 俺は面白そうな本を見つける
仲の良い団員夫婦と別れ、俺は以前訪れた古本屋へ向かった。まだ9時前だけど、開いてるかな。開いてなかったら男爵邸行って妹達と遊ぶんだ。生後約4カ月、妹は順調に大きく、そして更に可愛く育っています。
古本屋の前に着くと扉が開いていて、中から大きな声が漏れ聞こえて来た。お取り込中かなと思ったけど、せっかくここまで来たんだからと中を覗いてみた。
「なんでこの本がそんなに安い金額なんだよ。他の本に比べても分厚くて立派だろ。もっと高値を付けてくれても良いだろ」
古本屋の中ではやや小奇麗な格好をしてた人族の男性が受付カウンターをバンバン叩きながら苦情を訴えていた。
応対しているのは前回此処に来た時にお世話になったドワーフ族の女性だ。カウンターに積まれた本の買取査定をしているようだが、依頼主の希望通りには行っていないようだ。
「まずこの本が安い理由として、内容がこの国では人気が無いのが1つ。もう何十年も前に西の方の国で流行った、かなり思想が偏った宗教書だからね。この内容はこの国では合わない。それから、日が当たり過ぎて紙が一部変色しているのが1つ。最後に、折角立派な革装幀なのに全く手入れがされてなくてカビている部分がある。こちらもこの本を棚に並べる前にカビを落とす手間が掛かるからね。その費用分は安くさせてもらうよ。文句があるのなら雑に保管した本の持ち主にいいな」
「ちっ、見る目の無いドワーフだ。誰がこんなオンボロの店で売るかよ。さっさと潰れてしまえ」
明らかに悪役な捨て台詞を吐いた男性は、カウンターに置いてあった数冊の本を抱えて入口に近づいてきた。
「どけ、クソガキ」
入口で立往生していた俺は脇にすっと避けて男性に道を譲る。重そうに数冊の本を抱えた男性は盛大に舌打ちをして王都の何処かへと消えて行った。
「やあ、いらっしゃい。まだ開店前だけど、折角だから何か買って行ってよ」
本を抱えた男性を見送っていた俺達に、受付の向こうから店員さんが声を掛けて来た。あ、開店前でしたか。扉が開いてたんで勝手に入っちゃいました。すみません。
「いいのいいの。またいっぱい本を買ってくれれば」
どうやら半年ほど前にここで本を買ったのを覚えてくれていたらしい。絵本以外の本を何冊も買って行った子供の事は忘れられないよ、だそうだ。
「今日は何を御所望かな。相変わらず魔導書の類は入荷して無いよ」
いえ、今日はですね、植物の育て方なんかが乗っている本があれば助かるんですけど。
「植物学ねぇ。あまり書き手が居ないんだよ。農民はだいたい親から子へ知識を伝えていくものだから、態々本を書いて余所に知識を広めようとしないからね。偶にエルフが書いた物が売られてくるんだけど、探してみるから少し時間をちょうだい」
店員さんは受付の後ろにある本棚を探り始めた。なるほど、農業は口伝で親から子に伝わっていくのか。書物が少ない理由も納得出来る。
俺は店員さんを待つ間、古本屋内をプラプラ散策することにした。マリーはとっくに絵本を物色している。この前マリーが選んだ絵本は団員の子供達に人気だったからね。
一通り回ってみたけど、半年だとあまり本の種類も代わり映えしない。どの棚も前回見た物ばかりだ。
でも1つだけ、一際目立つ書籍が有った。ただし受付の向こう側、関係者以外立ち入り禁止のエリアにある棚の中に納まっている。背表紙しか見えないけど割と新しく見える布装幀が手に取ってくれとアピールしている。凄く気になる。
「う~ん、やっぱり無かったわ。他に何か欲しい物は、あ、この本気になる?」
受付に戻って来た店員さんが、俺が1つの本を凝視していることに気が付いた。
「これはねぇ、所謂画集ってやつ。全部模写だけど、お城、貴族家、教会なんかに飾ってある絵をまとめた物で、何処に誰の絵が有るとかそう言うのをまとめた本。もう6年近く前に作られた本だから掲載されている絵の所有者が変わったりしていると思うけどね。模写しているのは無名の画家だけど、絵は見事だからそれを見るだけでも楽しいよ。興味ある?」
俺はぶんぶんと首を縦に振った。
店員さんが本棚から画集を取り出し、受付カウンターに開いて見せてくれた。
最初のページは神の絵。マギー様とシュバルト様の絵だ。本人達にはちょっと似てないけど、この絵は王都の教会でそれぞれ飾られている物だ。注釈には作者不詳と逸れられていた。
「そうそう、この絵は教会の入口に会ってすぐ目に入るから有名だよね。神様の絵の次は歴代王族や貴族の人物画。これは書かれたと思われる年代順に載ってる。絵の描き方に流行があって、年々様変わりしていくのを見るのは面白いよ。本物の絵を1つ見るだけじゃ気付けないところだからね。それから最後はこの国の戦争の歴史。割と悲惨な絵も載せられてあるから、そう言うのが嫌なら見ない方が良いよ」
ちらっと見せてもらったが、確かに死体や血の表現が妙にリアルでうわっと思う絵もあった。戦争の英雄を凛々しく描いた絵のページを捲ると、凄惨な戦争の現場が目に飛び込んでくる。前半部分は村の子供達にも見せたいなと思っていたけど、これを見ると買うのすら控えようかと考えさせられる。
「華やかな部分の裏にはこういった厳しい現実もあるってことさ。まあ君が買わなくても、この画集はきっと他の人が買って行くね。こんなに素晴らしい画集が古本屋に流れて来たのは奇跡に近いよ」
へえそうなんだ。紙の質感も良いし装幀もしっかりしている。確かにこんなに綺麗な本はなかなか出回らないだろうな。
どうしようかな、買っちゃおうかな。完全に想定外の本だけど、買っちゃえ買っちゃえと心の奥の小さな自分が叫んでいる。
もう少し他のページも見てから考えようとベラベラページを捲っていると、一番最後の奥付の所にこの画集を描いた画家のサインと本を作ったであろう日付、そして一言コメントが書かれていた。
「親愛なる姉、ローザリンデへ。日頃の感謝と愛を込めて。クレメンス」
え、クレメンスさん?
俺は思いがけない名前を見つけて、慌てて本を綴じてしまった。




