第6話 俺は絵本を読み聞かせる
魔法を使い過ぎてエステルさんが倒れた翌朝、その本人は何でも無いような顔をしてラジオ体操に参加している。
もう少し休んだ方が良いんじゃないかと声を掛けたけど、私は大丈夫です、と相変わらずの決まり文句で復調をアピールしてきた。その台詞が出てしまったらもうエステルさんは譲らない。しょうがないなあと思いつつ、元気になったことを喜んだ。
エステルさんが助けた子供も母親も、問題無く一晩を過ごせたようだ。うん、良かった。
一晩泣き明かしたらしい旦那さんにおめでとうと告げると、真っ赤な両目にまた涙を溜めて感情を表している。
産まれた子は可愛らしい女の子なんだと、旦那さんに泣きながら自慢された。うちの妹2人も可愛いぞ。暫く会えてないけど。
「むかしむかしあるところに、お爺さんとお婆さんが居ました」
12月下旬、漸く魔導具作りが終わり妹達と再会する事が出来た。
俺は用意していた絵本を持ちこみ、妹達に読み聞かせている。ニコルさんからはまだ目も耳も発達していないんだから意味が無いと言われた。でもせっかく作った絵本だ。早く活用したいじゃないか。
それに、ニコルさんは意味が無いと言うけど、絵本に描かれた絵を見せるとカエデはそれをじっと見つめているし、声に出して物語を読むとサクラは耳を澄ませている。だからきっと理解してくれているよ、たぶん。
村の本棚にも絵本を2冊並べて来たし、すっかり遅くなってしまったけれどジャム屋の店長さんにも出産祝いとして絵本を贈った。村の子供達も店長さんも喜んでくれた。だからきっと妹達も喜んでくれているよ、たぶん。
そして今、2冊目の絵本作成を考えている。画家のクレメンスさんが漸く村人達の絵を描き終えたからね。クレメンスさんには少し休んでもらって、年明けから絵本の絵を描いてもらうようお願いしている。今は久しぶりの王都で新しく画材をそろえたり馴染みの酒場を訪れたりして休暇を楽しんでいると思う。
次はどの絵本を再現しようか。最初は男の子用だったから、次は女の子用の物語だな。毒りんごを食べちゃう女の子の話か、赤い頭巾を被った女の子の話か、竹の中から産まれた女の子の話か。
まあ全部欲しいんだけどな。どれを最初に作るか年明けまでにゆっくり考えよう。
あっ、ごめんごめん、絵が見えなかったね。
俺は愚図り出すカエデに向かって絵本を開いて見せてあげた。
「嫁に行く話なんてダメだダメだ。作るならカエデとサクラが見えないところに置きなさい」
俺が2人に読み聞かせている絵本を見た父さんが、女の子が活躍する絵本は無いのかと聞いて来た。一応次に作ろうと考えているのが3つあると、それぞれの作品を大まかに説明した。すると、毒りんごの話はダメだと鼻息荒く注意された。最後に王子と結婚すると言う所が気に入らないらしい。
「もうアリーが王子の嫁に行くことは仕方のない事だと諦めた。でもカエデとサクラはまだ駄目だ。嫁に行くなんてまだ早い」
そりゃ生後2か月とちょっとで嫁に行くのは早いだろう。でも物語の中でのことじゃないか。
「クレメンスくんの素晴らしい絵を見たら、きっと王家へ嫁に行くことを憧れるに違いない。このまま何も問題無く話が進むと、この国の王家にはアリーが嫁入りする。アリーが嫁入りしたら、他の王子達に同じ男爵家の子供が嫁ぐことはない。権力が偏らないためにな。そうなると王家へ嫁に行くのを憧れたカエデ達はどうする。他国の王家へ嫁に行ってしまうかもしれない。そんなことはダメだ、遠くへ行くなんて絶対に許さん」
そんなに大きな声で力説すると、カエデもサクラも怖がるから止めて欲しい。それにそういう話があるからって、姉さんが王家に嫁入りすると決まった訳じゃないでしょ。学校に行っている姉さんが聞いたら勝手に決めるなって怒ると思うよ。母さんも笑ってないで父さんを止めてよ。
「もちろん、空の星に行く話もダメだぞ。星に行きたいって言われてもその夢を叶えてあげる事は出来ないんだからな」
はいはい、竹から産まれる方もダメなのね。母さんも止めないし、もう好きにしてくれ。
「その点、赤い帽子を被った女の子の話は素晴らしい。お婆さんを助ける優しい心と、見知らぬ人の話に黙らされてはいけないと言う教訓を得られる。何より女の子が遠くへ行かないのが良い」
はいはい、そうですね。王子様とも結婚しないしね。
父さんのせいで女の子用の話が大分没になるな。俺の知っている女の子主人公の話はだいたい姫が王子と結婚する話だからな。日本の昔話の性別を変えて、父さんが喜ぶような教訓を織り交ぜるようにするか。
「あ、ゲオルグ。2足歩行の狼が女の子を騙して先回りしたりお婆さんを食べちゃうのは、獣人族から批判が起こるかも知れないから変更しておきなさいね。こっちの絵本に出てくる架空の鬼を代用するのがいいんじゃないかしら」
ずっとニコニコ笑っているだけだった母さんがやっと口を開いたかと思ったら、絵本への提案だった。それはとてもいい提案だと思うけど、暴走している父さんをもっと叱って欲しい。
「アリーが産まれた時はもっと酷かったもの。ぜっっったいに嫁には出さないと言い張っていたあの人が、今は王子と結婚しても良いと言っているのよ。私はその成長を喜んでいるの」
母さんの言葉を聞いた父さんが、いや~っとかいいながら恥ずかしそうに照れているけど、褒めてないから。絶対に照れる所じゃないから。
ついつい荒げてしまった声を聞いてサクラが泣き出してしまった。ごめんごめん、もう一度絵本を読んであげるからね。
俺は親バカな父さんのことは放っておいて、可愛い妹達の為にせっせと絵本を読んであげた。




