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俺は魔法を使いたい  作者: 山宗士心
第5章
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第2話 俺は新たな命の誕生に立ち会う

 先を行くアンナさんが照らす灯りを頼りに、雨雲が上空を占拠する真っ暗な空間を飛行する。

 冷たい雨が体に浸み込み、俺の体温を奪う。飛行速度が上がれば上がるほど雨の礫が勢いを持って俺を攻撃して来た。


「ごめんね、速度を優先しているから魔法で雨を防げなくて。少し寒いと思うけど、我慢してね」


 寒さに身震いした俺に気付いた姉さんが気を使ってくれた。俺を背負って飛ぶ姉さんも雨に濡れている。俺達の横を必死について来ているマリーも同様だ。俺1人だけが寒いわけじゃないんだから、文句を言うつもりはない。自動治癒で風邪はすぐに治るんだから、我慢しろ俺の体。



 普段雨天時は速度を落として飛行し、体に当る雨を排除する方に魔力を回すらしい。飛行する時に発生する気流で雨が勝手に弾き飛ばされるんじゃないかという印象があったけどそうじゃないという。水魔法で水滴を操るか、風魔法で吹き飛ばすか、火魔法で蒸発させるか。飛行魔法と同時に別の魔法を使って雨を排除するんだが、姉さんは基本的に風魔法で吹き飛ばしているそうだ。


 低速で飛行するならともかく、姉さん達が普段村と王都を往復する速度で傘なんて使えない。魔物の革を使ったフード付きマント状の合羽があるにはあるんだけど、マントのひらひらが飛行の邪魔になるから使わないらしい。マントじゃなくて服の形態ならいいのかと姉さんに聞いたら、その度に着脱するのは面倒だからやっぱり使わないと思うと返された。


 寒さを紛らわす為に、何か魔法を使わずに雨を避けるいい方法は無いかと考え続けた。高速で飛びながら会話出来る姉さんは流石だなと思った。




 王都の男爵邸に到着すると既に日付は変わっていた。ずぶ濡れのままでは助産に来ているニコルさんに絶対怒られるため、先に女性陣を風呂へと送った。俺と父さんは玄関で立往生だ。


 風呂が空くのを待つ間、自分と俺の体を温める為に魔法を使いながら、父さんが話しかけてきた。


「男の子かな、女の子かな。どっちでも嬉しいけど元気に産まれてほしいよな」


 迷うのは良いんだけどちょっと温風の勢いが強すぎる。眼が開けられなんだけど。


「ずっと考えていたのに、まだ名前が決まってないんだよな。産まれたら3日以内に戸籍登録しないとダメなんだけど、後3日で良い名前を思いつくかな」


 あっっつい。今度は温風じゃなくて熱風になったぞ。

 乾かしてくれるのはありがたいんだけど産まれてくる子供に意識が向きすぎて魔法の操作が疎かになっている。それならもう魔法を使わなくていいから手を止めて考えに集中して欲しい。


「リリーと結婚した当初から2つの名前は決めてたんだ。歴史上の人物の名を借りて、男の子が産まれたらゲオルグ、女の子が産まれたらアレクサンドラ。だからアリーの時は名前を迷わなかった。次は絶対男の子が良いと思っていたから、追加で女の子の名前は考えなかった。願いが通じてゲオルグが産まれた。さて、次はどうしよう。また歴史上の人物から借用するか、何か新しく別の事を考えるか。ゲオルグはどう思う?」


 熱風を避ける為に距離を取っていた俺に父さんが漸く気が付いた。

 ずっと誰も居ないところに熱風を放っていたんだぞ。どうせこれから風呂に入るし、もう十分乾いたから、その無駄に熱い魔法を止めて欲しい。


 悪い悪いと言って魔法を引っ込めた父さんに、俺は動植物の名前を付けるのはどうかと提案した。特に植物はオススメだ。


「植物なぁ。ゲオルグも知っていると思うが、この国の王族は代々植物の名前を取っているからなぁ。被っちゃうとちょっと不敬じゃないか?」


 歴史上の人物ならいいのに、王族と被るのは駄目ってこと?

 それなら絶対に被らない日本語での植物名はどうだろう。


「アオイ、アンズ、カエデ、サクラ、ツバキ、かぁ。サクラ。サクラ・フリーグ。うん、呼びやすくていいじゃないか。女の子が産まれたらそれも選択肢の1つに入れよう。男の子に付けるにはちょっと優しすぎるかなぁ。男の子だったらゲオルグみたいに歴史上の猛者から借り受けるとするかな」


 王族は代々植物の名前じゃなかったの?

 現国王も息子の3王子も植物の名前なんでしょ。男の子に植物の名前を付けても良いじゃないか。俺の前世の名前にも桃が入っているんだぞ。


 父さんが名前をどうするかとうんうん悩んでいる所に、遠くの部屋から子供の泣き声が響き渡った。




「そんな汚れた格好では立ち入らせることは出来ません」


 父さんと2人で母さんの寝室へ急いで向かうと、扉の前でニコルさんの部下が控えていた。

 アンナさん達3人が風呂から出て来るのを玄関で待っていたんですよ。まだ出て来てないのかな。早くしないと父さんがそのまま突撃しちゃいそうなんだけど。


「その3人ならつい先ほど部屋の中に入りましたよ。早く汚れを落として来てください」


 え?

 ちょ、風呂から出たのなら教えてよ。

 俺は父さんの手を引っ張って、風呂場へと駈けて行った。




「すみません。泣き声を聞いたアリー様が突撃して行ったのでそれを抑える為に仕方なく。アリー様とマリーは中ですのでお2人もどうぞ」


 パパッと風呂場で汚れを落とし、綺麗な服に着替えて部屋に戻ると、扉の前でアンナさんが待っていた。

 姉さんが突撃したくなるのも分かる、アンナさんが姉さんを抑える為について行ったのも分かる。マリーはこっちに教えに来いよな。


 ニコルさんの部下から許可を得た俺と父さんは寝室へと足を踏み入れた。


 風呂に入る前まで泣き続けていた子供の声は収まっている。

 母さんが横になっているベッドの周りに人が集まり、黙ったままベッドの上を見つめていた。姉さんやマリーは勿論、ニコルさんの所で勉強している団員の奥様方も居る。


 俺と父さんがベッドに近づくと、皆が避けて俺達に場所を作ってくれた。


 笑顔で俺達を迎えてくれた母さん。


 母さんの横にはスヤスヤと安らかに眠っている2つの寝顔が有った。


「ふ、ふたごかぁ」


 名前に悩む父さんがボソッと漏らした言葉は、静まり返った室内に響き渡った。

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