第21話 俺は姉さんに質問する
「火魔法を使うときはとにかく熱い感じで。ボウッ、ボウッ、ボウッっとね」
魚料理をご馳走になった後、俺たちは店の外に出て姉さんから話を聞いている。ここにいるのは俺と姉さん、マリーとマルテだ。アンナさんは俺達が使った食器を片付けてくれている。
禁書の事を話すからアンナさんにも内緒だ。
魔法にどんなイメージを込めているのかと、姉さんに質問した。
火に関して複雑な表現を魔法に込めてはいないようだ。それでも息をするように、火魔法を3連発で発動させたのは流石だ。
マリーが拍手をして讃えている。
「土魔法は水を含んだ泥土をかき混ぜるように捏ねるの。形が出来たらギュッと固める。力を込めれば込めるほど硬くなるけど、水分を抜き過ぎるとボロッと崩れる事があるから注意ね」
地面からシャベルですくうように土を持ち上げ、捏ね始める。土は空中に浮かんでいて手元に無いのに、姉さんの手は絶えず動いている。その手の動きに従って土も変形していく。見えない大きな手が土を触っているようにも見える。
実演が終わった後、土を地面に戻して穴を塞ぐ。土を取り出す前よりも、地面は綺麗に整地されていた。
「風は火や土と違って見えないし触れないから難しかった。最終的に魔力を飛ばして風を創り出す形になった。ビュッと飛ばすの」
ビュッ、に合わせて開いた右手を俺に向けて突き出す。力士の張り手みたいな感じ。距離があるから手は届かないけど、風圧が顔に当たってビクッとなった。風は表現出来ていると思う。
「水はさらに難しいの。土のように掴めないし、火のように熱いだけじゃない。かといって風のように自由な感じでない。今は泳ぎを覚えて、水を受け入れようと思ってる」
姉さん、本当に5歳?
俺が5歳の時は何を考えて生きていただろう。剣道を始めたのは小学生になってからだから、その頃は何も分からず遊んでばかりだったと思う。
自分には無かった頑張りが見えるから、手助けしたくなるのかもしれない。
「ほんでよんだんだけど、色をかんがえてまほうをつかうと、じょうずになるらしいよ」
頑張っている姉さんに色についての情報を提供する。言葉が足りない部分はマルテに補足してもらう。
「色?色かあ。火は黄色?」
そう来たか。確か燃える時の温度や燃える物質によって炎の色が変わるんだっけ。黄色の炎の時もあるし、青い時もあるよね。
でもここは赤で始めてもらおう。慣れたら色を変えていっても面白いかもしれない。
「ひの色はあか」
「赤かあ。赤、赤、熱くて真っ赤な炎。それっ、ボウッ」
うわっ。気軽な感じで魔法を放ったのに、姉さんの手の平から巨大な炎が膨れ上がった。さっきの3連発を合算したよりも大きな炎。間近で見ていた俺を含め、周りのみんなも慌てている。
素早く立ち直ったマルテが水魔法を使って消化する。色のイメージを加えただけで、姉さんが制御できないほどの炎が現れた。周囲に引火しなくてよかった。
「なるほど。色について考えただけで、魔力が体から多く出ていったのを感じた。面白いね」
姉さんが笑っている。あんな炎を出したのに全く動じる様子がない。冷静に自分に起こった現象を分析している。大物だわ。
「他の魔法はどうなの?」
姉さんが次を催促してくる。どうしよう、このまま全部教えても大丈夫かな。姉さんに教える前に、マルテに試してもらったほうがいいかも。
「つちがきいろで、みずはくろだよー」
あ、ちょっとマリー。考えている間にマリーが教えちゃった。ああ、もう仕方ないから全部教えておくか。
「あとは、きんぞくがしろで、そうぼくがあお。かぜの色はわからないよ」
マルテが、使う時は気をつけて、と伝えている。ありがとうマルテ。
「土魔法と金属魔法を分けるのは良いね。私も鍛冶をやってて別物だと思ってたんだ」
へえ、そうなんだ。四属性では土魔法の派生が金属魔法って考えだよね。姉さんには五行思想が受け入れられそうだ。
「他の色は何となくわかるけど、水の黒は理解出来ないなぁ。水こそ青じゃない?」
そうだよね、そこは引っかかると思う。
それを説明するために、俺が前世の知識を活かして考え出した言い訳を聞いてみて。
「かわやうみのふかいところにいくと、よるみたいにまっくらになるんだよ。だから、みずがたくさんあつまると、黒になるんだよ」
姉さんが、ほんとに?って顔をしている。
やっぱり理解出来なかったか。次の手も考えてある。
「ふかくもぐれるぎょじんぞくにきいてみようよ。そしたらなにかわかるかも」
魚人族は水中でも呼吸出来るようにエラがあり、指の間に水掻きがある。水中に適応した魚人族なら、人族では息が続かない深い場所でも活動出来る。
魚人族から証言してもらえば、理解出来るかもしれない。
「そうね、聞きに行こう」
そう言うと姉さんは船着場の方へ歩き出した。店主に聞いた方が速いんじゃない?
「もうお店が忙しい時間だから。船着場でお弁当を食べている人達に聞こう」
そういう気遣いが出来るとは意外だ。アンナさんのことは忘れてるっぽいけど。
船着場に着くと、色々なところに腰掛けてお弁当を広げている魚人族が見受けられた。
その中で、1人の魚人族に向かって姉さんは進んで行った。
「親方、おつかれさまです」
「おう、おつかれアリー。今日はもう仕事は終わっただろ、忘れ物か?」
「ちょっと親方に聞きたいことがあって」
船着場の先端に座って川を見下ろしながら食事をしていた魚人族に、姉さんは話しかけた。親方って事はこの船着場で偉い人なんだろう。他の魚人族より体格が大きく筋肉質。オリンピックで楽々金メダルが取れそうだ。
近くには大人から子供まで他の魚人族も居る。昼食を摂るのに人気の場所なんだろうか。
「海に行ったことがある親方なら知ってると思うけど、深い所まで潜ると夜みたいに真っ暗になるってほんと?」
「おう、良く知ってるな。この辺りの川じゃあそこまで深い所は無いけど、海は凄いぞ。深い所に潜るのは魚人族でも熟練者にしか許可されない危険な行為だ。真っ暗で何も見えなくなるからな」
お、良い証言が取れたぞ。これで姉さんも理解が深まるはず。
更に姉さんは親方に質問している。うんうん、親方から知識を吸収しよう。
どうしようかな、最後の一手をやるかどうか。マルテにも相談してないから、思った通りに行くか不安だ。
あ、マリー。あんまり端っこまで行くと危ないよ。濡れている所は滑るからね。
え?魚がいるって?そりゃあ川だもの。魚くらいいるでしょ。
そんなに覗き込むと危ないって。マルテ、マリーが危ないから注意しといて。
さて、どうしよう。このまま飛び込んじゃおうかな。
弟が川に落ちたら水魔法を使いこなすキッカケになるかもしれない。荒療治って奴だな。
でも、冷たそうだな。飛び込んだ瞬間ショック死なんてしたらどうしよう。
川を見下ろして考える。よし、止めよう。色だけで上手くいくかもしれないしね。敢えて命を危険にさらす事はない。
ドンッ。
川を見て言い訳をしていた俺の背中に、何かが接触した。早く飛び込めと言っているように。
当たった勢いを殺しきれず、俺は冷たい川に落水した。




