第85話 俺は夏のある日を思い出す
「え~、本日は天候にも恵まれ、大変素晴らしい日になりました。今日は2歳になった子供を祝うお祭りです。皆で子供の成長を祝い、お祭りを楽しみましょう。長々と演説するのは苦手なのでこの辺りで乾杯に移らせてもらいます。それではみなさん手にグラスを持ってくださいね。行きますよ、せ~の、かんぱ~い」
はあ、緊張した。数十人の視線がこっちを向いていると思うと急に手足が震えだしたよ。ほんの少ししか喋ってないけど今世で一番緊張したかもしれない。前世で剣道の全国大会に優勝した時はもっと人が居たけど、気にならなかったのはこっちも興奮していたからなのかな。
「お疲れ様です。もっと喋って頂いた方が良かったんですが」
村の広場に大きく作った壇上から降りて来た俺に、出迎えたマリーがきつい事を言う。あれ以上は俺には無理だよ。
「新しく村に住むことになった方々も居るんですから、ここでビシッと男爵家のカッコいい所を見せつけないと」
それは無理だ。俺は壇上で長話をする人をカッコいいと思ったことが無いからな。前世で通っていた小学校の校長も話が長かった。朝の朝礼やイベント事に長話をして毎回保健室へと運ばれる子も居たのに、年々話が長くなっていた気がする。
「これから5分後に子供達への贈呈式ですからね。急遽参加者が7人に増えて大変だとは思いますが、贈り物や子供の名前を間違えないようにもう一度確認しておいてくださいね」
はいはい、わかってますよ。昨日の夜からばっちり予習もしているし、朝も目を通したんだから。
マリーが疑いの目で見つめて来る。仕方ないから俺はもう一度確認しようと、7つの贈呈品が置かれている壇上の裏手に足を向けた。
桃の苗木、よし。
大人用の真剣、よし。
魔導書、よし。
それから急遽マリーに作ってもらった大型のナイフが2本、よし。
こちらもマリーに作ってもらった銅製の如雨露、よし。
そして最後に、絵画セット。俺は筆と絵の具でいいかなと思ったんだけど、子供が口に入れると危険な顔料もあるからと、絵本を描いてもらった画家さんに色鉛筆を薦められた。鉛筆は昔からあったが色鉛筆はここ数年で国内に出回り始めた物らしい。他の国に転生者が居て色鉛筆を開発したのかな、なんて考えながら紹介された画材屋にあった色鉛筆から7色を選んだ。
鉛筆はナイフで削って芯を出す必要がある。
子供には使用が難しいんじゃないかと思ったから、前世の知識を思い出して小型の鉛筆削りもマリーに作ってもらった。消しゴムくらいのサイズで手動でクルクル回して削るやつね。
なんでもかんでもマリーに頼んで申し訳ないが、俺のイメージを素早く完璧に理解してくれるのが今の所マリーしかいないからな。色鉛筆開発者も鉛筆削りを一緒に作ってくれれば良かったのに。
ついでだから勉強部屋用に鉛筆などの文房具も仕入れて、画家さんにも鉛筆削りを1つ進呈した。
絵画セットは他の子達と比べて随分と高価になってしまったが仕方ない。新しく村で暮らすことになった大事な人達だし、なるべく両親の希望を叶えてあげたいからな。
贈呈品を確認し終えた俺は子供と両親の名前を間違えないようもう一度メモ用紙を確認する。団員3組の夫婦と3人の子供達、新たに村へやって来た3組の夫婦と4人の子供達の名前をしっかりと頭に叩き込む。何度も何度も名前を口にしていると、俺は10日ほど前の暑い日の事を思い出していた。
その日は8月が終わりに近づいたがまだまだ暑い夏の日で、ラジオ体操を行う早朝ですら、もわっとした生温い空気が不快感を強く感じさせていた。
この夏の暑さ、王都で生活している時はあまり気にしなかったが、自分より年下の子が炎天下で走り回っている姿を見ると途端に心配になる。子供達や外で働く団員達に熱中症にはくれぐれも気を付けてと俺は毎日注意喚起をしていた。
氷結魔法の言霊を使える大人達には各家を回って氷を配らせ、子供達には池の水を引き込んで新しく作ったプールで遊ばせた。老若男女問わず全員に魔導具の水筒を配布したため俺の8月は割と忙しい時もあった。この水筒、水筒本体には水を生み出す魔石を、水筒の蓋には氷を生み出す魔石を仕込んである。水を常温でも冷水でも飲める自信作だ。
ニコルさんとも相談しながら行った暑さ対策も一段落し、そろそろ王都に戻って誕生祭用の贈呈品を回収しようかなと思っていた、午後の時間帯。男爵邸の玄関が騒がしくなったと思いきや、どかどかと大きな足音で団長がリビングに乗り込んできた。
「ゲオルグ様、見知らぬ子連れの夫婦が村の畑の少し向こうで倒れているのを見回りをしていた団員が見つけて運んでいます。水筒の水を飲ませようとしたところ、どうやら奥さんと子供の意識が朦朧としているようです」
「え、それは危ない。すぐに氷結魔法で冷やしながら此処に運んできて。団長は飛行魔法が出来る団員に王都のニコルさんを呼んで来てもらって。ニコルさんの居場所が分からなかったら男爵邸に居る誰かに言えばいいから。マリーは氷嚢を作って。ええっと、首と、脇と、ええっと、兎に角いっぱい作って。俺は生理食塩水を用意してくる」
団長とマリーに指示を出した後、俺は食堂に駆け込んだ。何処の誰だかは知らないけど、天寿を全うせず命を落とすのは見逃せない。
俺は8月のほぼ半分を使って作った魔導具の冷蔵庫の中から、煮沸した後冷やしておいた水を取り出し、事前に用意していた計量容器を使って食塩濃度9%になるよう手早く塩と水を混ぜ合わせた。




