第79話 俺は古本屋を覗いてみる
図書館からの帰り道、日の入りまでまだ時間があったから、メーチさんから紹介された古本屋を訪ねてみる事にした。
メーチさんの言っていた通り、古本屋は王都を囲む外壁近くのかなり目立たないところに店を構えていた。
高く聳える外壁近くて東西南北の門から遠い土地は、日当たりが悪くて人気が無いから土地価格が安い。王様の施政のお蔭か貧困街って感じじゃないけど、貴族街や職人街とも違った何とも言えない雰囲気がある場所だ。
ルトガーさん曰く、王都に流れてきた流民や新人冒険者が最初に居を構える所なので色々な文化が混ざって面白いんですよ、と言っていた。変なところで博識ぶりを披露するルトガーさんに先導されて、俺達は西日が当たらずどこよりも先に夜になっている古本屋へと入って行った。
古本屋内部は多くの棚が立ち並んでいるが、思ったより小奇麗に整頓されていて、天井四隅にある灯りの魔導具が煌々と店内を照らしている。外の暗い雰囲気とは違って一気に明るくなった店内は好印象だった。
「いらっしゃい。子供でも楽しめる絵本は左奥の棚だよ」
棚にラべリングされていた書籍分類名を読み進めていると、奥から現れたドワーフ族の女性が声を掛けて来た。
「文字、読める?その辺りは歴史関係の書物だけど、割と書き手による嘘と誇張が混じっているから、物語として読むと面白いと思うよ」
棚には綺麗な本は1つも無く、表紙や背表紙がボロボロになっている本や、紐で束ねられているだけの紙束、クルクルと巻かれている巻物、折本とかいう珍しい形状の物まで多岐にわたっていた。割と読書好きなマリーはちょっと離れますと言って1人で本を漁りに行った。とりあえず絵本があるという棚に向かったみたいだ。
マリーの事は放っておいて、俺は店員と思われる女性に、魔導書の類はどの棚に有るのかと聞いてみた。
「ああ、魔導書ね。魔力検査の為かね。最近手に入った本は図書館の連中が買って行ったからあまり良い物は残ってないけど、その歴史の棚の裏側だよ」
店員さんに御礼を言って俺は棚の後ろ側に回った。そこは歴史関係の棚とは違い、本と呼べるような物は無かった。丸められた羊皮紙が殆どで、棚の端っこに申し訳程度に薄い紙束が並んでいる。
店員さんに聞いたら中を見ていいと言うので、羊皮紙の1つを手に取って開いてみた。
それにはこの国では使われていない文字と、大きな六角形の星マークが描かれていた。文字は地球のアルファベットっぽい感じがするが、ところどころ見た事が無い字が使われていて全く理解出来ない。この国以外で使われている文字なのかな。
「その羊皮紙は百年以上前に書かれた物で、それに書かれている文字は作者が独自に使用していた物だよ。残念ながら弟子にすら読み方を伝えずに亡くなった書かれている内容は解らないんだけど、描かれている紋章が魔法関係の物だと伝わっているからその棚に置いてあるのよ」
理解出来ずに首を捻っていると店員さんが教えてくれた。この人独自の文字か。アルファベットに似ているから、もしかしたらこの人も転生者だったのかな。ニコルさんなら読めるだろうか。
「そこにある羊皮紙は殆どその文字で書かれてあるよ。誰も読めないから売れ残っててね」
解読してやろうと考える物好きが居ない限り売れないだろうな。解読してみたい気もするけどちょっとそれは置いといて、この国の人間が普通に読める物は無いのかと聞いてみた。
「回復魔法について研究した書類が最近手に入ってたから、あるにはあるんだけど。でも内容が酷くてね。こっちも商売だけど、子供が読むなら先に親から許可を貰わないと売れないね」
店員さんが口ごもった酷いと言う内容に興味を示すと、かなり暈しながらもその概要を話してくれた。
その書類は、ある国の研究者が回復魔法を使える少女を発見した時の歓喜の声から始まっている。
国王の協力により小さな少女を監禁し、毎日回復魔法を倒れるまで使わせた。王侯貴族を治療させて大金を国庫に納める傍ら、何処まで魔法で命を救えるのかを調べる為に傷つけた魔物を回復させた。首を斬り落としてもその直後なら復活させられたと記載されているそうだ。
少女自体を傷つける事は禁止されていたが、この書類を書いた研究者は口には出来ない酷い願望を内に秘めていたらしい。流石にそれは教えてくれなった。
戦争が激化すると戦場に連れて行って負傷兵の治療をさせた。不運にも少女から離れた所で即死してしまった者は蘇生出来なかったが、重傷を負った兵士達を何人も戦場へと送り返した。
少女はずっと酷使されていたが、ある時戦争から帰って来ずに、研究者が所属していた国は滅んでしまった。書類の最後には研究者の怨念が籠っていると、店員さんは顔を歪めながら話を終えた。
回復魔法の研究書類でもなんでもない、変態マッドサイエンティストが可能な範囲で少女を痛めつけている胸糞悪い内容だった。
恐らくニコルさんの昔話だ。どうしてこんな書類が海を渡ってこの国にあるのはかは分からないが、買い取って処分してしまった方が良い気がする。
「ま、今の君には売らないからね。魔導書の棚はそんなもんしかないけど、他に興味のある本は有るかい?」
嫌な気分になっていた俺の雰囲気を察したのか、店員さんが話題を変えた。いずれ何かの機会に絶対処分しよう。
魔導書が無いとすると古本屋を出ても良いんだけど、マリーがまだ本漁りから帰って来ないからな。俺も本を探して時間潰しをしないと。
そうだ、ドワーフ言語を解説した本か、エルフの薬か薬草について書かれた本は無いかな?




