第20話 俺は姉さんを追いかける
翌朝、目覚めてすぐに食堂へ向かう。いつも通りなら姉さんはもう起きているはずだ。
案の定姉さんは食堂にいた。大口を開けてパンにかぶりついている。
もう着替えも済まし、食べ終わったらすぐ出掛けるつもりだ。魚人族の所に通うようになってしばらく経つが、まだやる気が持続しているのは素晴らしい。
おはよう、と言ってテーブルに着く。
姉さんもモグモグしながら挨拶をする。食べながら喋らない、とアンナさんから注意されている。タイミング悪かったね、ごめん。
我が家の朝食はほとんどの場合みんなバラバラに食べる。両親が仕事で朝早くから出掛けることが多いから。今日も2人はすでに出掛けている。
急いでいる人は前日に焼いて少し硬くなってきたパンと温めなおしたスープを食べる。ゆっくり出来る時はベーコンやソーセージを焼いてもらい、サラダも出て来る。
最近の姉さんはもちろん急いでるモード。パンもスープに浸しながら黙々と食べている。
以前姉さんが朝食を食べずに出掛けようとして、アンナさんに止められている所を見たことがある。それ以来しっかりと食べている。揉めるよりはさっさと食べた方が早いと判断したようだ。
もちろん俺にも朝食を食べないという選択肢は無い。そして、急ぐ急がないという選択肢も無く、肉と野菜も食べなければならない。子供が身体を作るための食事は大事だからね。
姉さんも子供だけどね。どう言う取引があったのか、俺は知らない。
温かいスープを飲みながら料理が出て来るのを待っていると、早くも姉さんの食事が終わった。今のタイミングで声をかけないと。
「ちょっとはなしが」
「急いでいるからまた後でね」
俺が喋っている途中に割り込んでくるくらい急いでるのか。いったい何をしているんだろう。
「王都の川沿いにある第1船着場に居ます。お昼はいつも船着場近くの料理屋で食べていますので、もしご用があればいらしてください」
食堂を出て行く姉さんを追いかけながら、アンナさんが教えてくれた。
船着場ねぇ。魚人族が仕事していそうな場所だ。仕事の邪魔をしていなければいいけど。
そうと分かればこちらは急ぐ必要は無い。ゆっくり食べて、ゆっくり出掛けよう。
王都は海から離れているが、海へと繋がっている大きな川が王都内を流れている。その川は生活用水であると共に、川沿いの街から王都へ荷物を運ぶ大事な道だ。
その水上の運送業で働くのは魚人族である。魚人族は陸上でも問題なく生活出来るが、水中の方が得意だから水に関わる仕事に就く。ドワーフに鍛冶屋が多いのと同じだ。魚人族は水運業、よく似合ってるよね。
水上を運ばれてきた荷物は船着場で馬車に移され、王都内に配送される。荷降ろしされる船着場は3箇所。第1船着場では民間が、第2船着場では軍部や国立機関が利用している。そしてその2つより小さい船着場が王都を囲う堀の中にあり、城内へ直接荷降ろしが出来るようになっている。
と魚人族の店主に教えてもらった。お祭りの最終日に料理を食べた屋台の店主だ。
「アリーちゃん達には荷降ろしを手伝ってもらって助かっているよ。浮遊魔法が便利なのは皆分かってるんだが、魚人族には使い手が居なくてね」
どうやら姉さんは船着場で荷運びのアルバイトをしているらしい。確かに姉さんは浮遊魔法と飛行魔法が得意だから重宝されるだろう。達ってことはアンナさんもやっているのかな。アンナさんはいいけど、5歳児を働かせるのはどうかと思う。
「午前中は仕事の手伝いをしてもらって、午後は我々の子供達に泳ぎ方を習ってるんだ。アリーちゃんが来て子供達の仕事が午前中に終わり、午後は遊べるようになった。子供達も喜んでいるよ」
なるほど、魚人族は子供といえど働いているんだ。
「段々と寒い季節になってきましたが、冷たい水温で人族が泳いでも平気でしょうか?」
一緒に来ていたマルテが疑問を投げかける。もう秋から冬になろうとしている季節、その疑問はごもっとも。俺なら出来るだけ川に入りたくない。
「アリーちゃんが船着場の一角を土魔法で囲って遊泳場を作ったんだ。そこの水を火魔法で温めて、ちょうどいい水温にして泳いでいるんだよ。まだ小さいのに多彩な魔法が使えて凄いね」
温水プールを作ったのか。大胆なことをする。勝手にそんなものを作って怒られないんだろうか。
「しっかり働いて船着場の親方にも認められているし、仕事が終わった大人が入る時も温めてくれる。いい風呂が出来たって喜んでるんじゃないかな」
ははは、役に立っているのならいいか。
泳いで水に慣れるってのは良い方法かもね。自宅の風呂場じゃ泳げないし。そういえば前世で水泳は得意だったけど、こっちに来て泳いだことはないな。溺れて窒息したら死ぬんだから、泳ぎの練習はした方がいいよね。
「あ、ゲオルグ。いらっしゃい」
店主と雑談をしていると姉さんが入って来た。両手で持つほどの大きな籠いっぱいに、美味しそうな魚介類を入れている。姉さんに続いて入って来たアンナさんや魚人族の子供も同じだ。
「息子がやる仕入れも手伝ってもらってるんだよ。さあ、腹を減らした船着場の労働者達がやって来る前にお昼ご飯にしよう。ゲオルグ君達もどうぞ」
美味しそうな魚介料理が並ぶなか、マルテがお金を支払おうとして止められている。食べに来づらくなるからとマルテも引かない。
確かにここの料理は美味い。またお祭りの時みたいにみんなで食べに来よう。




