第78話 俺は図書館長にお酒を贈る
ヤーナさんお手製の昼ご飯を頂いた後、ヴルツェルフリーグ家の所有する店舗へお酒を買いに行った。メーチさんは確か赤ワインが良いと言っていたと思うんだけど、念のため白ワインも店員さんに選んでもらった。ドワーフの爺さんへの贈り物だと伝えるとそれならこれが良いと1瓶の白ワインを渡してきた。手ごろな値段で癖が強くガツンと来るんだそうだ。お酒の事はよく分からないけど、メーチさんは呑めるなら何でもいいとか言いそうな気がする。
「おう、態々2本も持って来て貰ってすまんな。出来れば赤2本の方が嬉しかったが、まあ、酒が飲めるなら何でもええがの」
図書館の中で大げさに喜んだメーチさんは、案の定思った通りの言葉を返してくれたが。
「メーチさん。何度も大声で騒ぐようなら手土産は取り上げますからね」
案の定他の図書館係員から怒られている。大声で話すと怒られると、いい歳なんだからいい加減学べばいいのに。
ゲオルグ様が言っても説得力は無いですねとかマリーに言われたような気がするけど、きっと気のせいだな。
怒られたメーチさんは渋々係員に謝罪して、図書館の奥へと俺達を連れて行った。
「絵本はまだ全部完成しておらんぞ。画家さんがゆっくりと絵を仕上げておるからの。8月中には作り終えると思うが、出来た物から持って帰るか?」
ソゾンさんの自室に通され、依頼した装幀の進行状況を教えてくれた。早速受け取った白ワインのグラスに注いでいるが、職務中じゃないの?
「儂にとって白ワインはちょっと匂いのある水じゃ。多少呑んだ所で仕事に支障は無いし、何より今日は午後から仕事が無い。飛んで火に入る夏の虫ってやつじゃ」
怒られた事なんかすっかり忘れたみたいで、白ワインを口に含んで上機嫌だ。その例えは絶対間違っていると思うけどな。無駄にツッコミを入れて機嫌を損ねる前に、こちらの用件を伝えておこう。
俺は今度の誕生祭の褒賞品に魔導書を用意したいから、何か良い魔導書が無いかとメーチさんに相談した。
「図書館の本は一冊も売れんぞ。新しく魔導書を作ると言うのなら話は別じゃが」
絵本みたいに魔導書を作れと?
う~ん、その発想は無かったけど、9月までに間に合うかな。出来れば購入したいんだけど。
「文字だけの本ならそう時間は掛からんよ、絵本に時間が掛かっているのは画家さんが何度も書き直しておるからじゃし。もし既存の魔導書が欲しいのなら古本屋を探して回るしかないが、貴重で面白い本が出回っても図書館か貴族がすぐに買い取っているはずじゃで、あまり期待しない方がええぞ」
古本屋って王都に有ったのか。初めて知ったよ。
「まあ古本屋は王都の端っこで細々とやっている店じゃからな。古本屋に本が持ち込まれるのはどのような場合が多いか、知っておるか?」
本に飽きて要らなくなった時とか、売ったお金が欲しくなった時とか、所有者が亡くなった時とか?
「最初のやつはほとんどないのう。高価な本を集めたがる収集家は読まなくなったくらいで簡単には手放さんよ。一番多いのは所有者に無断で家族や使用人が売り払うんじゃ。次に多いのが所有者が身罷った場合じゃな。本を売る時はこっそり売りたい時が多いから、古本屋が大通りに面して作られる事は無いのじゃよ。3月に公爵家が潰れた時は随分古本屋も賑わったんじゃが、その本ももう買い取られておるじゃろうな。まあ、ほとんどは儂らが買ったんじゃがな」
公爵家で雑に保管されておったから修理に忙しかったんじゃがそれももう終わりじゃ、と台の上に並べられている本を指差してヤーナさんが満足げに笑っている。今日のワインはその仕事が終わった祝杯と言う意味合いがあるのかもしれない。
古本屋は豪華な魔導書の他に、子供が書いた落書きから役人の書類、どこかの施設の研究資料など本の体裁が整ってなくとも紙であればなんでも取り扱っているらしい。古本屋と言うより、古紙屋だな。
でも本が手に入らないと言うのは困った。お金が掛かるのは覚悟していたけど、なかなか売りに出されないとなると待っている時間が勿体無い。
「儂が今抱えている仕事は絵本の装幀だけじゃから、またワインを持って来てくれたらすぐに装幀に取り掛かってやるぞ。8月末日までに持って来たら誕生祭にはきちんと間に合わすからな」
もう既に白ワインが入っていた瓶はゴミとなってテーブルの上に転がっている。今日中に赤ワインも空っぽになるんだろうな。
図書館を出て、どうするか考える。一応古本屋の場所は聞いておいたから、まだ明るいしそっちに行ってみるか?
「ドワーフ言語の本でも作ったらどうですか?」
悩む俺にマリーが無責任に提案する。突っ立ってないで早く決めて家に帰りましょうよという言外の意味が籠っている気がする。
ドワーフ言語の本か。興味あるかなぁ。
「興味を持つかどうかはゲオルグ様の書き方次第でしょう。勉強熱心な御夫婦ですから、多分大丈夫だと思いますけどね」
よし、マリーがそこまで太鼓判を押すのなら、考えてみようかな。
でもとりあえず、古本屋は見に行こうね。




