第62話 俺は装幀家に仕事を頼む
第一王子と交渉をした数日後、紹介された装幀家さんと会う事になった。面会場所は何故か王都の図書館を指定された。
「おう、ゲオルグ、大きくなったのう。偶にはマリーちゃんを見習って本を借りて行け」
俺が図書館内で本を読みながら装幀家さんとの待ち合わせ時間まで時間潰しをしていると、ドワーフ族のメーチさんが声を掛けて来た。この人は図書館の職員で昔からの知り合いだけど、普段は一般人が入れない所で禁書の管理をしている人だ。日中に日の当たる所に出て来るなんて、珍しい事もあるもんですね。
「失礼な奴じゃな。土竜じゃないんじゃから、儂も偶には日の光を浴びるわい」
「メーチさん、図書館職員が館内で大声を出さないでください」
偶然通りかかった他の職員に怒られてメーチさんが凹んでいる。慣れないところに出てくるから怒られるんですよ。
「はあ、失敗したわ。じゃあゲオルグ、こっちについて来なさい。マリーちゃん達も一緒にな」
え~っと。今日俺達は装幀家さんと会う予定なのでメーチさんと遊んでいる暇は無いんですけど。
「なんじゃ、王子から聞いとらんのか。儂は、禁書の管理人で、図書館の館長で、装幀家のメーチじゃ」
え、館長もやってるんですか?
それにしては職員から敬われている感じがしないんですけど。
「まあ館長なんて名ばかりで大した仕事は無いんじゃがな。副館長の手が空いてない時に嫌々仕事を頼まれるくらいじゃ。普段の儂は陽気な禁書係員のメーチさんで通っておるからの」
陰気の間違いじゃないですか?
「お主は本の装幀を頼みに来たんじゃろ。あんまり儂に酷い事ばかり言っておると、仕事は引き受けんぞ」
ああ、すみません。今日はよろしくお願いします、陽気なメーチさん。これは詰まらない物ですがお納め下さい。
「なんじゃ、クッキーか。酒の方が良かったんじゃがのう。ま、他の職員が喜んで食べるじゃろ」
仕方ないでしょ、装幀家さんがドワーフ族って知らなかったんだから。俺だって装幀家がドワーフ族のおっさんだって聞いていたら美味しいお酒を持って来ましたよ。
「うむ、今度は酒を期待しておるぞ。ヴルツェルの赤ワインでいいからの」
酒を貰う事を想像したのか図書館で高笑いを始めたメーチさんがまた職員に叱られている姿を見て、ざまあみろと心の中で思っていた。
「なるほど、子供用の絵本を作りたいとな。男爵家なら本を買った方が早いじゃろうに」
他とは違う特別な感じにしたかったのと、市中で出回っている子供用の本は挿絵が少なかったので。
「まあこれほどの質の良い紙にこれほど綺麗な絵を載せた子供用の本は無いじゃろうな。芸術品として売り出しても、人気が出ると思うぞ」
全部手書きですから、流石に大量生産は無理でしょうね。1冊分でも大分製作日数が掛かってしまいましたからね。今日は1冊分を持って来ましたが、出来上がり次第後3冊持って来ます。
「ではこれにどのような装幀を施そうかのう。一般的な物は、動物革装幀、布装幀、紙装幀じゃな。後変わった物で言うと、羊皮紙、樹皮、木製、魔物革なんかでも出来るぞ」
出来れば子供が齧ったり、乱暴に扱っても破損し辛い物が良いんですけど。
「そうじゃな。芸術品じゃなくて子供用じゃった。それなら安価じゃし、直し易いし、厚紙での装幀がいいかのう。まあ装幀の費用は王子が持つらしいから、金額は気にせんでもええがの。儂は革装幀が好きじゃが、革製品は手入れが大変じゃからダメじゃな。ちょっと豪華に見せたいのなら厚紙を布で包む布装幀もオススメじゃぞ」
布かあ。齧って涎が付いたりすると汚れちゃうけど、それは紙でも同じことか。
でも表紙や背表紙に本の題名や絵を描きたいんだけど、布装幀ってそれが出来るのかな?
「出来るぞ。刺繍じゃがな。本の題名くらいならそれほど時間もかからず出来るが、刺繍で絵を描くとなると外注になるし、何時頃終わるかは分からんのう」
それならば題名と作者名を載せてもらって、絵は諦めるかな。あ、作者名は偽名でお願いします。
「では4冊とも布装幀で制作するぞ。なるべく角を取って子供が怪我をしにくくなるように作るからのう。それと、ものは相談なんじゃが、図書館にも1冊売ってくれんか?」
え、それはちょっと。
図書館で誰にでも借りられるようになったら、特別な感じがしなくなるじゃないか。
「そうか、残念じゃのう。面白い物語じゃから是非王都の子供達にも読んでほしかったんじゃが。残念じゃのう」
ドワーフ族のおっさんにそんなうるうるとした瞳で見つめられても全く心が動かない。
「ん~、じゃあ来年。いや2年後にはどうじゃ。それくらい時間を置けば絵本を貰った子供達も飽きているんじゃないか?」
そうかなぁ。飽きるかなぁ。
解りました。そのかわりにまた新しい絵本を作るときは協力してくださいね。産まれてくる子が女の子だったら、女の子用の絵本も作りたいんで。
俺はメーチさんと熱い握手を交わして図書館を後にした。




