第58話 俺はマリーに叱られる
ギルド職員によって書類倉庫に閉じ込められた俺は、倉庫に保存されていた書類を一枚一枚扉の隙間から投げ捨てていた。
もう何冊目になるか分からない書類に手を伸ばした時、倉庫の扉の鍵がガチャリと回されたのを耳にした。
よし、誰かに気付いてもらえたな。俺はすぐさま棚の陰に隠れて、扉が解放されるのを待った。開いた瞬間に飛び出して逃げるぞ。
扉が動き出す。向こうも慎重になっているのかゆっくりと開いて行く。じれったい、早く動いてくれ。
半開きになった扉の隙間から誰か居ますかと声が掛かるがそんなものは無視だ。早く開けて中に入って来い。
我慢我慢と思いながら扉が全部開かれるのを待ち、人影が倉庫内に入って来たのを確認して、俺は飛び出した。扉を閉められる前に抜け出してやる。
「危ないですね。助けに来なければ良かったですか?」
扉から動かない人影に体当たりを喰らわそうとした時、ふわりとした風に阻まれて前に進めなくなってしまった。
また捕まったと思っていると、侵入してきた人影とは別に、開け放たれた扉からマリーがひょっこりと顔を出してきた。
「マリー、大変なんだよ。ギルド職員に閉じ込められて」
「そのギルド職員は赤髪の男性で間違いないですか?」
マリーより先に倉庫に入って来た人物が、どのような人だったのかと確認して来る。
「はい、そうです。って誰かと思えば受付のお姉さん?」
「はい、そうですよ。私はゲオルグ君の味方なので安心してくださいね」
その人は冒険者ギルドの受付に座っていつも俺も対応をしてくれるお姉さんだった。しかし、いくら顔見知りのお姉さんだからと言って今はギルド職員を信用出来ない。大丈夫なのかと疑いの目でマリーを見ると現状を説明してくれた。
「ゲオルグ様が駆け出して行った後、すぐに子供達の向こう側に座っていた母と団長達に話して、解説席の男爵に話を持って行ってもらいました。その後ギルドマスターにも話が伝わったようで、色々あった後に、信頼出来る人間だからとお姉さんを紹介されてゲオルグ様を探しに来たんです」
「ゲオルグ君が会ったという赤髪の男性は3月に退職した人物です。ギルドの制服は返却義務があるのですが返却されていなかったようで、それを利用して武闘大会に潜り込んだんです。他の職員に会わないようこそこそと動いていたようですが、今はギルドマスターの手勢が捕獲しています。ただ黙秘を続けているようで、ゲオルグ君の捜索も遅れてしまいました。申し訳ありません」
「お姉さんが頭を下げる必要は無いんですよ。私が止めるのも聞かずに駆け出して行ったのはあの人なんですから」
はい、マリーの言う通りです。今回は特に反省しています。
「あの~、試合の方はどうなったの?」
「父が勝って、エルヴィンさんを破った魔導師が勝って、ヴェルナーさんが負けました」
もう全部終わっちゃったのか。話の雰囲気から試合中には毒を使われなかったみたいだ。
「毎試合後に第一王子が褒賞を手渡す予定でしたが、念のため毒を警戒して、3試合全て終わってからに変更し、さらに手渡す役が王子からギルドマスターに代わりました。試合後に6人が並んで待っている所にギルドマスターが出てきたことで、1人、観客席で見ていても挙動不審になった人が居ました。その人が後に捕まったようです」
ほっ。それなら良かった。
「マリーは全部見ていたんだね。もっと早く探しに来てくれても良かったのに」
「長い長いトイレかなと思いまして」
そんなわけないでしょ。
「もし万が一事件を起こそうとした連中が観客席で暴れ始めたら、私は母の代わりに傭兵団の子供達を護らなければなりません。ゲオルグ様と違って私一人で勝手な行動は取れませんよ。全部終わって可笑しな陰謀が未然に防がれ安全が確保されたから、お姉さんと一緒にゲオルグ様を探しに来たんです。試合を見られなかったのは子供の世話を私一人に押し付けたゲオルグ様への罰です」
マリーの言葉にぐうの音も出ない。
アンナさんは姉さんと共に、王都に来た父さんの代わりにルトガーさんが村に残っていて、俺と一緒に観戦しているのはマリーとマルテと子供達と数人の団員だった。トイレに行って帰って来るくらいならまだしも、自由に動き回っていい場面じゃなかった。団員一人くらいは探しに来てくれても良かったんじゃないかな、なんて思いません。反省しています。
「ギルド職員としては、ゲオルグ君が聞いた話のお蔭で、事件が起きる前に対処出来て良かったと思っています。ありがとうございました」
そうお姉さんに謝罪されたが、まったく役に立ったと言う自覚は無い。勝手に騒いで勝手に捕まって、人に迷惑を掛けた感じしかしないな。
「そのうち王子とギルドマスターからもお礼が行くと思いますよ。捕まってしまったとしても王子の身を護れたのはゲオルグ君のお蔭ですからね。そんなに落ち込まなくても大丈夫ですよ」
「大丈夫ですよお姉さん。この人は一度寝たらすべて忘れるんで。明日になればまた何かの事件に首を突っ込んでいるはずですよ」
マリーの言葉に何も反論が出来ない。何も言わずに書類を片付けだした俺に、後で私達がやりますから大丈夫ですよと言ってくれたお姉さんの言葉が身に染みる。
その後ジークさんの控室に勝利を祝いに行ったが、逆にジークさんに気を使わせてしまったのがとても心苦しかった。




