第48話 俺はリオネラさんを尊敬する
身体が軽いから舟が曲がらないんだという話を聞いた姉さんは、父さんから上着を強奪し、それに魔法をかけた。
「わははは。おも~い」
自重でぺしゃんこになって地面にへばりついている上着を、姉さんは浮遊魔法で持ち上げて何とか袖を通した。
「じゅ、じゅうりょくまほう?」
姉さんの突然の魔法に、それを初めて見た者達は目を見開いて驚いている。もちろん王子も。それだけ稀有な魔法という事なんだろうが、既に言霊まで開発して世間に広める準備が出来ている立場の人間としては驚きは少ない。
「これで体重がぐっと上がっているから、舟が曲がれるかどうか試してみるね」
どれくらいの重さになったのかと聞いてみたら、だいたい体重の1.5倍だと言う。自重の半分の荷物を背負って自由に動ける人はどれくらいいるだろうか。俺は、たぶん無理だと思う。
魔法を使える姉さんは重くなった上着を羽織って難なく動き回っている。本当に重さが増えたのか疑問に思う人達も居ると思う。舟に乗り込んだ時に、心なしか先程より舟が沈んだような気がしたが、きっと気のせいだな。
もう何度目か分からない恥ずかしい船名を叫びながら、姉さんは急速発進で水路を駆け抜けた。
マリーに頼んで空中へ運んでもらい、姉さんの行方を見守る。俺にはよく解らなかったが、少し加速力が落ちている気がしますとマリーが分析した。
しかしほどなく最高速度に達したようで、そのまま池に突入した。
姉さんはレバーから左手を離し、両手でしっかりとハンドルを握って舵を切った。ハンドルを回した方向に姉さんも倒れ込み体重を掛けて羽を水面にぶつける。羽が水面に当った瞬間、大きな音と水柱が立ち上り、一瞬にして姉さんの姿を覆い隠した。
姉さんは怯むことなくそのまま操縦を続け、弾けた水を全身で浴びながら何とか水面を旋回して戻って来た。
見物人達からの歓声を浴びて、姉さんは堂々とした態度でこちらに戻って来た。
「羽で思いっきり水面を叩く感じでやったらくるっと回ってびっくり。羽が水面に当った時は船体はほぼ浮いてたよ」
何が面白いのかケラケラと笑いながら報告して来るが、心臓に悪いから止めて欲しい。
でも他の人達が池で旋回した時はあそこまで水が跳ねることは無かった。体重が増えたと言っても魚人族のお兄さん達よりはまだ軽いはずだし、何が違ったんだろう。
「あの子は全く速度を落とすことなく旋回に挑み、力強く水面を叩きました。私達は速度を落として旋回しましたから、その違いでしょう」
お兄さんが教えてくれたが、曲がる前に速度を少し落としてコーナーに突入し、コーナーの半分を過ぎたあたりで再加速するやり方が、綺麗に曲がるコツらしい。そんなことを知らない姉さんが最大速度を維持したまま旋回すると言う離れ業を成し遂げてしまったということのようだ。
姉さんのやや乱暴な操縦を見たリオネラさんは一旦舟を水揚げし、故障個所が無いかと調べ始めた。ついでに曲がりやすくするための装置を追加で付けると言うので、暫しの休憩となった。
俺はその間に、重力魔法が掛かったままの上着を触らせてもらった。水に濡れた所は火魔法で乾かしてある。
布とは思えないほどずっしりと重いその上着は、俺の力だけでは完全に持ち上げる事が出来なかった。袖を通してみたかったが、途中でべちゃっと地面に倒れ込む姿が想像できたため、諦める事にした。
いつの間にか俺の後ろには行列が出来ていて、皆が貴重な重力魔法を体験しようと待ち構えていた。大岩に刺さった聖剣を抜く為に集まった行列然とした様子が、少し面白かった。
流石に普段から重い荷物を持っている造船所や船着場の魚人族は上着を持ち上げて着る事が出来た。王子やマリーも浮遊魔法で難なく持ち上げていたが、王子は自力でも何とか着る事が出来たみたいだ。
重力魔法の体験会で盛り上がっていると、手直しが終了したとの報告を受けた。
船底に1枚の突起を取り付けたようだ。
正面から見ると細い棒が船底から飛び出しているようにみえる。しかし横から見ると、やや幅広い板状の突起物であることが確認できた。
「真っ直ぐ進む時は水の抵抗を受けず、曲がろうとして舟を横に向けるとこの板が水の抵抗を増やして減速し、曲がりやすくする仕組みです。今度は上着無しで乗ってみてください。ただし、先程のように船体を傾け過ぎると、板が水と接触しなくなりますので気を付けてください。この板は船体の丁度真ん中に設置してますので、傾けると言うよりは舟を水面に押し込む、力強く踏み込む感じの方が曲がりやすいと思います」
リオネラさんの説明を受けて、姉さんがもう一度舟に乗り込んだ。上着は元の持ち主の所へ返している。皆に弄られて少しほつれてしまった上着を悲しんでいる父さんは見ないようにして、皆で姉さんを応援した。
「最初よりは曲がれていますね。もう少し板を大きくした方が良いでしょうか。しかしあまり大きくすると水の衝撃で破損する可能性が」
少し水面を滑ったようだが池の外角ギリギリを回り切ったのを見て、リオネラさんがぶつぶつと考え込んでいる。姉さんが操船することで無駄な手間が増えたと言うのに、その姿は何となく楽しんでいるように見えた。
「自分が最高と思って作った品の欠点を他人に指摘されるのは悔しいですが、それを更に良い物に作り替えて行く工程って楽しくないですか?」
俺の疑問にリオネラさんはとても良い笑顔で答えてくれた。
「ゲオルグ君がハンドルやレバーの事を考えている時も、いい表情をしてましたよ」
なるほど。職人としての先輩の意見に俺は心から納得した。




