第46話 俺は舟に魔導具を取り付ける
柔らかなソファーに包まれて眠り込んでしまった俺が次に目覚めたのは、すっかり日が頂点まで登り、目的地に到着してしばらく経った後だった。
1日以上魔石加工に集中して疲れ切ったこの身体は、ソファーから船に運ばれても、川の流れに揺られても眠り続け、マリーに起こされるまで微動だにしなかったようだ。
家から造船所に着くまでの間に冷たい風に当ってリフレッシュし、まだまだ動けるぞと頭では思っていたが身体はついていかなかったか。また変な夢を見ていた気もするし、この試運転が上手く行ったら丸1日は休みを取ろうかな。
「随分お疲れだったみたいですね。起きて早々で申し訳ないのですが、船外機を取り付けるのを手伝ってもらえますか?」
俺が起きた事に気付いたリオネラさんに声をかけられた。
もしかしなくても俺待ちだったのかな。それは申し訳ない。
よし、やるか。
一度両手で両頬をパンと叩いて気合を入れ、リオネラさんの後について川船を下りる。陸上に揚げられていた新造舟の所まで行くと、大勢のギャラリーが待ち構えていた。
造船所の従業員の他に、無理矢理休みを取ったらしい船着場の親方達。ソゾンさん夫婦と第一王子にその護衛達。そしてフリーエン傭兵団と俺の家族達。
「大勢の宿泊代と食事代。ふっふっふ、急いで宿を用意して良かったぁ」
父さんが歓喜の雄叫びを上げている。恥ずかしいからちょっと控えて。
此処は男爵家が新しく作った村。ここの水路と池を使って新造舟を走らせるんだ。国内の川は常に荷運びの川船や領民の釣り船が浮かんでいるから、全速力で舟を走らせるには色々な根回しが必要になる。しかし出来たばかりのこの村の水路はまだ船の往来が殆ど無い。そこをリオネラさんが目を付けたようだ。で、父さんがそれに呼応して水路に手を加え、大きな宿泊施設まで作ってしまったらしい。ここまで人数が増えるとは思っていなかっただろうが、大きな収入を得られそうで良かったね。
しかし馬車で1日半掛かる所を川船では半日か。魚人族が水魔法で操船しているからか、船は速くて便利だな。そのうちダニエラさんの所から競艇用の舟だけじゃなく、荷運び用の川船や移動用の高速船を作ってもらうのもいいな。
ギャラリーを押しのけて新造舟までたどり着くと、今にも舟に乗りこまんとしている姉さんが待ち構えていた。
「魔法が必要なら手伝うから、早く舟を完成させて遊ぼうよ」
新しい遊びを見つけた姉さんはもの凄く興奮した様子で俺の事を急かしてくる。勝手に乗るつもりでいるけど、大丈夫なの?
運転一番乗りは駄目だったようだが、魚人族による試運転が上手く行った後は操縦してもいいとリオネラさんと約束したんだと教えてくれた。体重が異なる子供が操船したらどうなるのか、というデータが欲しいとリオネラさんも口にする。それならそれでいいんだけど、高速で動く舟に薄手のシャツと短パンという無防備な姿で乗せるのはいくら姉さんでも心配になる。
「魔導具の取り付けはマリーに手伝ってもらうから大丈夫だけど、姉さんは長袖の上下に着替えて、更に念のためのプロテクターを作ってもらいたいな」
「ぷろてくた~?」
「うん。頭を護るヘルメットと、肘関節と膝関節を護るパットを」
簡単に形状と目的を説明すると、理解してくれたのかリオネラさんと相談を始めた。魔法が使える姉さんならそんなもの無くても大丈夫かもしれないけど、咄嗟の時に判断を間違う可能性はあるからね。念のためは大事だと思う。
「じゃあこっちは船外機から取り付けようか」
木で作られた骨組みの上に乗せられ陸に揚げられている新造舟の船尾に、グランドブルーアイシャークの魔石で作った船外機を搭載する。形は大きくなったが接続部分は古い船外機と互換性があるように作ったから問題無く設置出来た。一応ブラックシャークの魔石で作った廉価版の船外機も持ってきたから時間があったらこっちも試したい。
舟の後ろ半分が操縦席、前半分は風を後ろに流す為に流線型となったデッキ。ダニエラさんが作った舟のように内部に空間は無いが、操縦席で前傾姿勢になれば体がデッキに隠れて風を避ける仕組みになっている。
そのデッキと操縦席の境目に操縦用のハンドルを、操縦席の左側にレバーを取り付けた。レバーは操縦者の体格に合わせられるよう前後に少しだけ位置調節出来るようになっている。
最後に、それぞれの魔導具が舟体内から顔を出していたヒドラホースの紐によって繋がれたことを確認して、魔導具の取り付けは完了した。
丁度姉さんが着替えて帰って来たところで、先ずは陸上での動作チェックだ。
事前に行われた激しい争奪戦を勝ち抜いたらしい造船所の従業員が一歩前に出る。この人はボヤ騒ぎの時に誘導してくれたお兄さんだ。お兄さんには先ずそれぞれの魔導具に魔力を注いでもらい、舟に乗り込んでもらった。
視界の端で船着場の親方が悔しそうな顔をしていたから、親方も争奪戦に敗れた1人なんだろうな。
ハンドルを回すと、船外機が左右に向きを変える。
左手のレバーを前方に倒すと船外機から後方に向かって水が噴出。完全に倒し切ると木製の骨組みが軋んで壊れそうになるほどの勢いで水が流れた。レバーをゆっくりと起こして元の位置へ。そのまま後ろに引き倒すともう1つの噴出口から前方に向かって水が放出される。何度か勢いよくハンドルとレバーを動かしてもらい船外機との連動性を確認した後、触ってみた感触を聞いてみた。
「ちょっとハンドルとレバーが動き過ぎるのが気になりますね。僅かにハンドルを切るとか僅かにレバーを倒すとか、そう言った行為をするのが難しいです」
なるほど。素早く動くことこそ正義と思っていたが、そういう訳でもないのか。少し手を加えようかと思ったが、先ずはこのままでという話の流れになり、舟は水路に進水した。
ドキドキするね。陸上では概ね満足のいく動きをしたけれど、水の抵抗が加わったらどうなるか。俺は楽しみ半分心配半分で、新造舟の発進を見守った。




