第41話 俺はお腹いっぱい手料理を食べる
俺の誕生日の夕食会を、鷹揚亭を貸し切って行う事になった。
久しぶりにエマさんに会ったからか、造船所での出来事をすっと忘れられた気がする。エマさんは俺達が来たのを確認して鷹揚亭に1人で先に入ってしまったけど、着飾っているエマさんを一目見られただけで大満足だ。
「ニヤニヤしてないで早く入るよ。すぐに帰らなきゃいけない人も居るんだから」
ニヤついてなんていないと姉さんに反論するが、マリーからも変な顔でしたよと言われて心が折れそうだ。
姉さんに手を引っ張られて鷹揚亭に入る。鷹揚亭は特に何かを飾ったりなどの特別な仕様では無かったが、俺に縁のある人達が出迎えてくれた。
エマさんとそのご両親。ソゾンさん夫婦にニコルさん。船着場の親方と料理屋の店主。ジャム屋の店長さんとアイス屋の店長さん、さらに生後1か月を過ぎたばかりだという2人の子供までいた。残念ながらエルヴィンさん達は依頼に行っていて連絡が取れなかったようだ。問題無く冒険者として仕事が出来ているのなら、それはとても喜ばしい事だ。
皆に挨拶を済ませて赤ちゃんに近づこうとした時、ニコルさんに腕を掴まれ止められた。
「外から入って来たばかりの汚い手で近づかない。最低限手洗いとうがいは済ませて来て」
確かにその通りだ。病気は出来る限り防がなければ。皆で順番にニコルさんの指示に従って行動した。
「本当はまだ多くの人前に出ていい時期じゃないけど、今は体調も安定しているから少しだけのお披露目を許可したの。手を洗ったからと言って赤子にはべたべた触らないように」
姉さんが言っていたすぐに帰らなきゃいけない人と言うのはこの子と店長の事だな。
ジャム屋の店員さんがこの前話してくれた通り、ふっくらと丸みがあって健康そうな男の子だ。今は母親に抱かれて眠っているようだが、目元と鼻過ぎは母親であるジャム屋の店長に似ている気がする。店長は美人だから、きっとイケメンに育つだろうな。
「ゲオルグ君が息子の事を気にかけてくれていると聞いて連れて来たの。これから仲良くしてね」
少し店長と雑談をしていると、ニコルさんがそろそろ帰ろうかと割り込んできた。病気予防の重要性は俺もよく解っている。もう少し成長したら一緒に遊ぼうと約束をして、店長達家族は帰って行った。
「可愛かったね。秋には私達にも家族が増えるから、楽しみだね」
赤ちゃんを見送ったあと、姉さんが嬉しそうな表情を見せる。俺もその意見には賛成だ。元気な子供が生まれる事を願っている。
もう用事は済んだからと言って帰ろうとするニコルさんを姉さんが引き留め、生まれてくる子供にどう接したらいいかと質問している。学校の授業もそれくらい熱心に学べばいいのにと思わなくもない。
用意された席について姉さんとニコルさんの話に耳を傾けていると、どんどんと温かい料理が運ばれてきた。
「ゲオルグ君、お誕生日おめでとう。今日は私も料理を作ったから、いっぱい食べて行ってね」
ありがとうございますエマさん。お腹がはち切れる程に食べまくります。
食事をしながら皆から色々な話を聞いた。
ソゾンさんは数日後に王都を出立して温室を作りに行くらしい。
また寂しくなりますねとヤーナさんに言ったら、今回はヤーナさんも一緒に行くんだと教えてくれた。温室建設予定の街にはヤーナさんの旧友がいるらしく、普段会えない友達に会えると喜んでいた。
ヤーナさんの移動費や宿泊費も依頼主が快く支払い、護衛も付けてくれるらしい。確か温室を依頼したのは第一王子と言っていたな。俺の中での第一王子の株が少し上がった。
魚人族の2人からは競艇の盛り上がりについて聞かせてもらった。
俺がダニエラさん達に新しい舟を作ってもらったことは既に王都中の魚人族が知ることとなっているらしい。親方が一部の情報は公開しなければ毒抜きが出来ないと言っていたから、そのためだろう。情報が勝手に漏れて、あらぬ噂が立っているということではないそうだ。
そういった現状が説明された後、更に新しい情報を求めて、どんな船なのか、誰が最初に乗るのか、一般人でも手に入れられそうか、などと舟に関する質問をされた。
競争相手であるソゾンさんも居るからあまり詳しい内容は説明しなかったが、とりあえず今作られたばかりの舟は一般には広まらないだろうと言っておいた。俺も話に乗ったはいいが、あの舟の費用をどうやって支払おうかと考えているところだ。大きな魔石を買った出費もあることだしな。
勿論エマさんとも話をした。主に学校のことについて。
エマさんは知らないことを学べる授業が楽しいと素敵な笑顔で語っていた。魔法学、動物学、植物学、歴史学、文学、数学、音楽、芸術、礼儀作法など座学の授業は好きだが、体を動かす武術系の授業は苦手だともちょっと恥ずかしそうに教えてくれた。エマさんの意外な一面を知れて、今日は良い誕生日になったな。
学校では、1、2年次は全ての授業を万遍なく受講する必要があるが、3年次以降は専門的な学問が混ざって来て、いくつかの授業を選択する形になるそうだ。料理をメインにした専門授業が無いから農林学と食品加工学で料理の素材について学びたいらしく、武術系は絶対に取らないんだとエマさんは意気込んでいた。
「私は武術系の授業を多く取るけどね。あとは経営学と医学は興味がある。歴史と文学は絶対に拒否するけど」
姉さんが経営学に興味を持つなんて意外だった。驚きの気持ちを伝えたら、父様の助けになればと思ってと照れくさそうに語ってくれた。内緒だよ、とも付け加えて。
エステルさんは医学と薬学、それに農林学を取ろうかと考えているようだ。今の植物学が知っている事ばかりで退屈だから、早く専門的な勉強をしたいとぼやいていた。学校の教師にエルフ族が居ないかぎり、エステルさんは今以上の知識を学べないだろうなと思った。
あっという間に1時間以上過ぎてお腹も満腹になり、お喋りに夢中になっていると、突然入口の扉が開いて大きな声の人物が入って来た。
「わるいわるい、城での会議が長引いて遅れてしまった。お詫びに特別ゲストを連れて来たぞ」
大声で謝罪するギルドマスターに続いて入って来た人物を見た姉さんが、げっ、と短く声を漏らした。
そんなに拒否するような人じゃないでしょ。彼は第一王子なんだから。




