第40話 俺は急いで家に帰る
リオネラさんの演説に心動かされ、リオネラさんと契約を結ぶことになった。が。
「ちょっと明日は用事があるので、明後日にしてください」
早速明日の早朝から新船外機を搭載しての試運転を行おうと意気込むリオネラさんに、俺は待ったをかけた。明後日の日の出前に伺いますと伝え、俺は足早に造船所を出て行こうとした。
「泊まりで実験しますから、着替えを何着か持って来てくださいね」
去りゆく俺の背中にリオネラさんの声が届く。何処に行って何日泊まるのかなど詳しい情報を確認したいところだがちょっと時間が無い。明日ルトガーさんに確認して貰おうと決めて、俺は急いで冒険者ギルドへと向かって行った。
「すみません、水棲の魔物の魔石で一番良い物をください」
俺は冒険者ギルドの販売部に駆け込んで魔石の注文をした。リオネラさんの舟に負けないためには、今まで使っていたような手加減せざるを得なかった魔石ではダメだ。依頼を出して魔石を獲って来てもらう時間は無いが、せめて今ギルドにある一番良い物を確保しなければ。
「お、丁度いい魔石が有るぞ。グランドブルーアイシャークの魔石だ。先月こいつの鰭を欲しがった金持ちが捕獲依頼を出してな。ギルドに持ち込まれた鰭以外の素材も概ね売れたんだが、魔石だけ残ってたんだ」
売店のお兄さんが奥の倉庫から引っ張り出してきた魔石は俺の頭ほどの大きさがある。そのサイズ感は、捕獲された鮫の体長や長く生きたであろう歴史を感じさせるほどの物だった。ちょっと想定していたサイズの何倍もあったから、即決するのには及び腰になってしまう。
「こんなにでかい魔石はなかなか手に入らないぞ。その分売れないがな。いや~、買い手が見つかって良かった」
売れた売れたとお兄さんが喜んでいるが、ちょっと待って。まだ買うと決めたわけじゃないから。
「お金が無いならギルドで貸付もやってるぞ」
この歳で借金なんてしたくないよ。それにお金を貸すくらいなら割引して欲しい。
「そりゃあこっちも討伐した冒険者に払った金額を回収しなきゃいけないからな。こいつの割引は無理だ」
そうっすか。
まあお金の心配をしている訳じゃないんだ。借りるなら最悪家族から借りるし。
一番の悩みはこのサイズで加工が間に合うのかってことだ。今日の夜は姉さん達と食事をするから加工出来る時間は少ない。こんな大きさの物があると分かっていたら、明後日なんて言わなかったのに。
「ゲオルグ様なら大丈夫ですよ。今日明日と寝ないで加工したら行けますって」
マリーが無責任な事を言って来るが、寝ないでフラフラになりながら加工すると手元が狂って失敗する可能性があるから、徹夜は却下だ。
でも、悩んでいる暇は無いか。よし、買うぞ。
それと操縦と出力調整の魔導具用に、あと2つ手ごろなサイズの魔石を買って帰ろう。船外機の魔石がでかくなったから、こっちにかなり魔力を蓄えられるはずだ。他の2つは大きくなくても大丈夫なはずだな。
「毎度あり。じゃあ折角だから、大沼毒蛙の魔石は少し割引してやるよ」
お兄さんが棚の中から拳大の魔石を2つ取り出し、端数を切り捨てて、切りの良い価格を提示してきた。もう一声、とお願いしたが無理だった。
今は手持ちが無いから魔石は持ち帰らず、後でルトガーさんにお金を持って往復してもらう事にした。流石に子供が普段から持ち歩ける金額じゃないからな。
そろそろ学校が終わって姉さんが帰って来るころだ。あまり待たせるとあとが怖い。お兄さんに魔石の取り置きをお願いして俺は家路に就いた。
「遅かったじゃない。さあ、みんなでお出かけするから、ゲオルグもマリーも着替えて来て」
家の玄関をくぐった所で姉さんがおめかしして待ち構えていた。珍しい。いったいどこへ行くんだろう。
質問する間も無く、アンナさんから服を手渡され、姉さんに背中を押されて自室に戻った。これは、魔力検査の慰労会に行った時に着た、ちょっといい正装じゃないか。めったに着ないこの服を着せて、いったいどこへ連れて行かれるんだろう。まさか、お城とか言わないよね。
パリッと糊の利いたシャツに袖を通し、ちょっと季節的に暑くなってきたかなと思う上着を羽織って皆の所に戻った。
おお、珍しくマリーがスカートを履いている。スカートなんて珍しいけど似合ってるねと褒めたら、ありがとうございます、ですが慰労会の時もこれでしたよ、と笑顔で返されてしまった。ちょっと言葉を間違えただけだから、よく似合ってるから、その笑顔は止めてくれるかな?
姉さんもエステルさんも普段着無いような衣装に身を包んでいるが、スカートじゃない。理由はこのままの姿で村まで飛んで行くから。晴れ渡った今日は日の入りまで後2時間ちょっとくらい。着替える時間を惜しむほど、これから行く場所で楽しむ気の様だ。
久しぶりに母さんも一緒の外出だ。姉さんも今日は飛んで行こうとせず、母さんの歩行速度に合わせている。妊娠中は何が有るか分からないから飛行魔法は控えているんだと教えてくれた。俺は歩くの好きだから大丈夫だよ。
ゆったりと雑談しながら歩みを進める。もう7年目になる王都だ。道のりでこの先に何が有るのかはだいたい分かってしまう。ちょっとわくわく感は削がれてしまったが、久しぶりにそこへ行けるのは嬉しいな。
「さあついたよ。今日は日の入りまで貸し切りだからね。いっぱい楽しもうね」
バーンと派手な火魔法を使ってアピールしたその先には、エマさんの実家、鷹揚亭がそこに佇んでいた。
街中で魔法を使うのは控えてくださいとアンナさんに怒られる姉さんを見て可愛く笑いながら、いらっしゃいとエマさんが迎えてくれた。




