第38話 俺は舟の説明に耳を傾ける
「この舟、ちょっと高すぎじゃないですか?」
ダニエラさんが難なく引っ張ってきた舟の説明を、従業員に助け起こされたリオネラさんにやってもらった。
船の構造から素材、建造費用まで。俺はその話を聞いて、もの凄く高価な舟だなと感じた。
「そんなことはありません。適正な価格ですよ」
ダニエラさんの作った舟より小さいのに桁が3つ程違う。明らかにぼったくりじゃないか。
「理解して頂けてはいないようなので、この金額になった理由をもう一度説明しますね」
そう前置してリオネラさんが語り始めた。
「先ずは最も高価な素材がこれ、ヒドラホースの鬣です」
リオネラさんの説明に合わせて、造船所の従業員が細長い紐状の物質を俺達の前に置いた。ラベンダーの様な紫色をしたそれは、細かな糸を編み込んで作っているようだ。
「ヒドラホースは馬の魔物で、ドラゴン種のヒュドラから名前を取っています。ヒドラホースは長くて綺麗な鬣を持ち、魔力を使ってその鬣を手足のように自在に操ります。鬣を操っている姿を正面から見ると首が何本もあるように見える事から、ヒドラホースと名付けられました。そしてその鬣は、なんと龍の髭と同等の魔力伝導率を誇ります」
なんと、とか言われてもリュウのヒゲとやらをまず知らないから、ヒドラホースのタテガミの凄さもイマイチぴんとこない。
「その鬣を編んで作った紐を船体の両側面に仕込んでいて、操縦用の魔導具と船外機を繋げて魔力を通す役割を果たします。1本の紐を編むのに5頭分の鬣を使用しています。両側2か所なので2本分の値段で、その分高価です」
おおっ、と造船所の作業員達から驚きの声が湧き上がる。盛り上がる所じゃないと思うんだけど、サクラでも雇ったのか?
俺がその凄さを全く理解していないと思ったのか、ルトガーさんがヒドラホースの希少性を説明してくれた。
「ヒドラホースは脚が速く、単独行動を好むため見つけ辛いですし、そもそも生息個体数も少ない魔物です。神経質なので飼いならすことも出来ず、基本は生息地の草原を走り回って抜け落ちている鬣を拾い集めるんですよ。運良くヒドラホースに遭遇して捕獲出来たら、鬣だけ切り取って逃がしているんだとか。餌になる植物を植えたり、天敵となる狼の魔物を討伐したりしているそうですが、それでもなかなか個体数は増えず、鬣は高価な物になってしまうんです。それでも龍の髭を探すよりは楽だと思いますよ」
例え魔物でも見つけたら即討伐って話じゃないんだな。
それにしてもルトガーさんはなんでそんなことを知っているんだろう。
リオネラさんはルトガーさんの博識ぶりを褒めたたえた後、中断していた費用の説明を再開した。
「その次は船体の両側に付けられた丸みのある羽。材料は、グランドブルーアイシャークの皮膚です」
皮膚と聞くと急に生々しく感じるから、ちょっと抵抗感があるな。
リオネラさんが作った舟は、上から見ると二等辺三角形に近い形をしていて、鋭角な頂点が船首にあたる。船首は尖っているが、そこから他の頂点までややふっくらとしたカーブを描いて進み、丸みを帯びた頂点に到達する。船尾部分にあたる底辺は真っ直ぐよりやや外側に曲がっている形だ。
その丸みを帯びた2つの頂点を差して、リオネラさんは羽と表現した。
「この鮫は外洋に生息する大型の魔物で、キュステ付近の近海に棲む小型のブラックシャークとは違い、魚人族でも避けて通ると言われるほどの攻撃的な性格をしています。何十年も生きた鮫の皮膚は弾力があり、あらゆる物理攻撃を跳ね返すほどだと言われています」
強固な鮫の皮が使われる理由はなんだろう。
「鮫の皮膚は元来水の抵抗を少なくするために循鱗というトゲトゲの構造を持っていますが、その循鱗に特殊な加工を施すことで棘を立たせて水の抵抗を高めることができます。羽は、真っ直ぐ走る時には水面より上になるような作りになっていて、曲がるために船体を傾けると片方の羽が水面と接触してブレーキとなり、曲がる為の補助をする役割をします。さらに、この耐衝撃性のある皮膚を使用することで、万が一曲がり切れず水路の壁にぶつかった時の衝撃を吸収する役割も担わせることが出来ます」
流石リオネラさんだっと従業員から声援が送られる。なんなの?熱狂的なファンが居るの?
「グランドブルーアイシャークは攻撃的な性格だと言われていますが、元来は深海で大人しく生息している魔物で、雌が子育てをしている時に雄の縄張り意識が強くなり、海上を通過する船舶を同種の鮫か鯱の魔物と勘違いして襲い」
話が長くなるんで、ルトガーさんの魔物講座はまた別の日に聞きますね。
リオネラさん、続きをどうぞ。
2人とも、そんなに残念そうな顔をしなくても。
「残りの大半は船体を形作る材木にかかった費用。材木は榧。これは別に魔植物じゃないけど、南の国のエルフが丹精込めて育てた最高の材木。水に強く腐りにくいから船の素材にはぴったり」
何となく雑に説明され、あとは細々した物だからと省略されたが、希少で高級な物をふんだんに使った一品だというのは理解出来た。なぜそこまで高価な材料を選んだのかはまだ理解出来ないが。
「ゲオルグは競艇で使う新しい舟を求めてここに来たんだぞ。ぶつけて壊れるかもしれないのに、そんな金額で競艇用に使えるわけないだろ」
説明を終えたリオネラさんにダニエラさんがダメだしをするが、今回はダニエラさんを支援したい。高すぎるともっと言ってやって。
「はあ。姉さんは何か勘違いをしているようですね」
リオネラさんが大きくため息をついてダニエラさんを遠ざける。従業員の何人かがダニエラさんを引っ張って移動させているが、彼らがリオネラ親衛隊だろうか。きっと彼らが舟造りを手伝ったんだな。
勝手にこんな高価な舟を作って買い取られなかったらどうするんだ、とダニエラさんが叫んでいる。経営者目線でものを言うダニエラさんが正しいと俺も思う。
ダニエラさんの言い分を無視したリオネラさんが、俺に向き直り質問する。
「ゲオルグ君、貴方は何をしに此処へ来たんですか?」
「えっ。それはさっきダニエラさんが言ったように新しい舟を「違います」」
言い終わる前にリオネラさんが声をかぶせて来た。話を途中で遮られるとこんな気持ちになるんだな。ルトガーさん、さっきはすみませんでした。
違うと断言したリオネラさんがもう一度良く考えてくださいと言って来るが、考えなくても答えは一緒なんだけどな。
マリーはリオネラさんの考えを理解している様な雰囲気を醸し出しているけど、分かっているなら教えてよ。俺はもう考える事を放棄しようと思っているからさ。




