第36話 俺は無駄な抵抗を試みる
5月5日、この世界に来て7歳になる誕生日。今までに無い程べっちゃりと汗をかいて俺は目が覚めた。何か良くない夢を見ていたような気がする。内容は全く思い出せないが、僅かな恐怖と両手の柔らかな感触は残っていた。そんな微かな記憶も、寝汗と一緒に風呂場で水に流れていった。
汗を流してスッキリした俺はラジオ体操をしてランニングに向かった。何となく体が軽い。一緒に走るマリーと合わせる為にゆっくりと走っているが、もっと速く走れる。もっともっと長く走れる。いつも通りに走り終わった俺は何となく不満が溜まっていて、マリーがランニングで生じた汗を流し終わるまで庭で剣を振っていた。
「ゲオルグ誕生日おめでとう。今日はなんか良い顔をしてるね」
ぶんぶんと調子良く体を動かして素振りをしていると、ちょうど村から飛んで来た姉さんが声を掛けてきた。
「おはよう、今日はこっちに来るのが早いんだね」
普段は俺達が朝飯を食べ終わった頃に到着していたはずだ。1時間くらいは速く着いたんじゃないかな。
「今日はゲオルグの誕生日だからね。朝飯を一緒に食べようと思ってさ。それよりも、なんか今日はいつもと違うね。よく解らないけど、何となく」
一緒に飛んで来たエステルさんとアンナさんは姉さんの指摘に首を傾げている。姉としての直感なんだろうか。
「俺もよく解らないけど、何となく調子が良いんだ。寝汗をいっぱいかいたのが良かったのかな」
「汗をかくとスッキリするもんね。私も運動して汗をかくのは好きだよ」
寝汗と運動でかく汗とはちょっと違うけどね。でもそういう事なのかな。汗をいっぱいかいて何か悪い物が抜けて行った。そういう事にしておこう。
久しぶりにワイワイと賑やかな朝食の時間を過ごした。やっぱり姉さんが居ると楽しい時間が過ごせる。母さんもいつも以上に笑顔だった。いつもは学校が終わったら夕食を食べずに帰るんだけど、今日は姉さんの下校時間に合わせて夕食の時間を開始することになった。エステルさんが村の薬草を世話しないといけないからね。
成長の早い薬草はもう少しで収穫出来そうだと教えてくれた。最初に収穫した薬草で作った薬はニコルさんに卸すんだと父さんが言っていたから、売れ残ることは無いだろう。ニコルさんの診療所は誕生祭を重ねるごとに有名になっているみたいだからね。
そのうち男爵家の薬が世に広まってこの国から、いや、この世界から病が無くなると嬉しいな。
姉さん達を学校に見送った後、造船所には何時頃行きますかとマリーに聞かれて、今日は約束があったんだと思いだした。折角朝から良い気持ちで過ごしていたのに、嫌な事を思い出しちゃったな。行かなきゃダメかな。ダメか。よし、じゃあ行くか。でも造船所に行く前に教会へ行ってお祈りをしよう。
別に嫌なことから逃げようとしているんじゃなくて、無事に7歳の誕生日を迎えられたお礼をしに行かないとね。毎年行ってるでしょ。
誕生祭の時は行ってるけど誕生日は行ってないって?
そんなことないって。たぶんマリーが見てない時に行ったんだよ。今年もジャムを買っていっちゃおうかな。
はい、すみません、なるべくあの姉妹に会いたくないだけです。はい、造船所用にもジャムを購入致します。
マリーの追及を軽やかにかわした俺はジャム屋に行き、店員のお姉さんと店長の子供について雑談をした。母子共に健康なようで何よりだ。教会と造船所用にジャムをいくつか購入して店を出た。
その後は二つの教会で神様に参拝し、ジャムをお供えした。
前回と違う味のジャムを選んだつもりだけど、ジャムばかりですみません。7歳になりました、今年も1年よろしくお願いします。そして今日1日を平穏無事に過ごせますように。
珍しく神様から声は掛からなかった。今までは何か一言くらい声を掛けてくれていたんだけどな。お供え物はしっかり回収されたから、俺が来たことは気付いていると思うけど、忙しいのかな。
2回連続でジャムだったからちょっと怒っているのかな?
まさか、アマちゃんじゃないんだから、そんなことないよね?
違いますよね?
全く返事が無い。どうやら今日は反応してくれないらしい。まあいっか。また今度ジャム以外の何かを持ってこよう。
教会を出てからの足取りが重かったが、マリーの視線に抗えず、ついに造船所へたどり着いてしまった。覚悟を決めて造船所の隣にある小さな建物の扉を開けた。
「だからあの設計じゃ無理だって言っただろ。横になったまま操船なんて出来るわけないだろ」
「私は出来た。ロジオンの操船技術が未熟なだけだろ」
「それはダニエラが魚人族だからだろ。水魔法を使って船が転覆しないよう操作していただけで、競艇でそういう事をやってもいいのか?」
「それを言うならまだ本当の魔導具を積んでいないんだから、今ここで話していてもなんにもならないだろ。古い船外機を積んで試運転しただけなんだから」
「だが、操船し辛くてすぐに横転してしまうのは明らかだっただろ」
「だからそれは操縦者の技術が未熟だっただけで」
俺はそっと後ずさりをして入口の戸を閉めた。
頭が痛い。なんでもう言い合いを始めてるんだよ。もうこのまま帰っちゃおうかな。よし、帰ろう。俺は何も見なかった。また明日にでも出直そう。ほら、マリーも。誰かに見られる前に。
「私、あそこのジャム好きなんですよ。ありがとうございます。ささ、ルトガー様、どうぞ中へ」
帰ろうとしたところで何故か外に居たリオネラさんに見つかってしまった。
なんで今日に限って引き籠ってないんだよ。
俺はがっくりと肩を落として、ルトガーさんの手を引っ張るリオネラさんを眺めていた。




