第34話 俺は前世で見た舟を連想する
「すみません、ちょっとトイレに」
「あ、ああ、時間が掛かってしまってすまない。そこの扉を出て突き当りを右だ」
時折手を止めながらも少しずつ設計を進めるダニエラさんに許可を取って俺は席を立った。
そろりそろりと足音を立てずに部屋を移動し、勢いよく扉を開けて廊下に出る。
そこにはリオネラさんがうつ伏せで倒れていた。逃げ出そうとしたけど、慌てて転んだのかな。
「さっきからちょくちょくこちらを覗いているのが見えていましたよ。そんなにダニエラさんの事が気になるのなら、一緒に設計を考えてくれませんか?」
「な、何を言ってるのか分かりません。私は愛するルトガー様を見ていただけです」
俺に手を引っ張られて体を起こしたリオネラさんが無駄な抵抗をみせる。もうっ、本当に面倒な人だな。
「あ、そうだ。私は別の船の設計をやらないといけないんだった。高速で走る船を安定させる為にはある程度横に広い船底にしないといけないのに速度を上げる為には接水面積を抑えないといけないんだよね。ああ、大変だ、忙しい忙しい」
忙しいと連呼しながらリオネラさんは自室へと向かって行った。忙しいという割には昼食後から仕事をしている様子が全く無い。
はあ、俺達は何時までここに居なきゃいけないのかな。トイレから戻ったら一度帰宅していいか相談してみよう。
悩みながらも一生懸命考えている人を目の前にして、もう帰っていい?、なんて言えるか?
俺は言えないね。
ルトガーさんは紅茶を何度も淹れなおし、アンナさんはデザートにお菓子を買って来てくれた。
マリーは真剣に設計の進展を眺めている。見ていて理解出来るのかな。俺はさっぱりわからん。
お菓子を食べているこちらを物欲しそうに盗み見しているリオネラさんにもルトガーさんがこっそり分け与えていた。そんなに甘やかすとまた結婚しろって言われますよ。リオネラさんはそれを食べたら仕事してください。
ゆっくりとお菓子を食べながら時の流れを感じていると、出来たっとダニエラさんが声を上げた。かれこれ6時間程、もうとっくに日は沈んでしまった。掛かった時間が速いのか遅いのか判断出来ないが、漸く話が進みそうでホッとした。
「この船は普段川を走る船と比べて、速度を重視して細長い形にしたんだ。細長い方が水の抵抗を少なく出来るからな」
図面を見てもよく解らないが、大人一人が横になれるほどの細長さで横幅は大人が余裕を持って座れるくらいサイズだと言われた。船体の上部は丸く屋根が作られていて、中央より後ろに大きな穴を開けていてそこに操縦者が体を入れるようだ。
それって渓流の川下りに良く使うカヤックじゃないのか?
前世の俺が住んでいた故郷でも観光客相手に川下りをやってたけど、この世界にはそういうレジャーは無いのかな。でも、その舟だとちょっとな。
「これだと操縦者の体が船から出てしまって、風をもろに受けると思うんですが」
舟は流線型だが肝心なところが丸出しになっている。これでは操縦者が風の力に耐えられないと思う。
「舟の中に空間を作ってあるから、先端に向かって足を延ばせば私より背の高い人間でも体をすっぽり入れられる。頭だけ出しておけば風に当らなく出来るだろ。普段は座位で移動し、速度を上げたいときは仰臥位になるんだ」
それで細長くしたのか。で、身体を横にしたままレースをしろってか?
仰向けになった状態で前方を注視することが出来るのか?
船首がちょっと上に傾いただけで絶対前を見られないだろ。
「あ、それで前が見えるのかって心配してるだろ。大丈夫だ。船尾より船首の重心を重くしてるから、舟は常に前傾姿勢になる予定だ」
自信満々って感じだけど、常に船首が下を向いているのなら速度を上げたらそのまま水中に潜って行ってしまいそうで不安だ。
なんか頭が痛くなってきたからちょっとだけ考える事を放棄して、魔導具の方へ話を変えよう。
「舟を操縦する魔導具は何処に置くつもりですか?」
「船体の両側に1つずつ魔導具を置き、片手で1つずつ魔導具を操作する。利き手の方に操縦用の魔導具が有る方が良いだろう。さらに、座った状態と横になった状態のどちらでも操作出来るよう可動式にする。舟の内側を横滑りする作りにしようと考えている。両手で操作可能な位置に魔導具を置くと、そこだけ盛り上がって風の抵抗を受けてしまうからな」
足で操作しろとかまた突拍子もない答えが返ってくるかと思ったけど、案外普通の答えだ。
可動式にするのは良い考えですねと伝えると、短時間で随分と毒されましたねとマリーに囁かれた。どこか一つは良い所を見つけて気分を上げないとこちらが持たないだけだ。仰向けの状態で操船することが確定している時点で、普通じゃないのは理解しているよ。
「特に要望が無ければ、これで船を作るぞ。よし、じゃあちょっと行ってくる」
隣のマリーに意識を向けていた俺の隙をついて、ダニエラさんは出て行ってしまった。よっぽど設計に自信が有るようでスキップしそうな勢いだった。
「ゆっくりと川下りを楽しむならあの舟でもいいでしょうが、競艇には向かないでしょうね。狭い水路を高速で旋回するには縦に長すぎて横転してしまうでしょう」
いつのまにか現れたリオネラさんが、ダニエラさんが手をつけず残していたお菓子を抓みながら辛辣な評価を下す。仕事をせずに見ていたのなら、少しは手伝ってくださいよ。
「ちょっとだけヒントを上げたのに上手く姉さんを誘導出来なかったゲオルグ君が悪いと思います」
ルトガーさんに入れてもらった紅茶を楽しみながら、リオネラさんがよく解らないことを言ってくる。ヒントなんて何時貰ったんだよ。
「さっき廊下で会った時に言ったでしょ。横に幅広い方が良いって」
そんなの気付かないよ。こっちだって船は素人なんだからさ。
「よし、なんとかロジオンに舟作りを頼んできたぞ。2~3日後には出来るからな。あ、リオネラ。私が貰ったお菓子を勝手に食べるんじゃないよ」
造船所から戻って来たダニエラさんがリオネラさんに食って掛かる。
ああ、もういいや、なんか疲れちゃった。また2人の喧嘩が始まる前に退散しよう。
では3日後に、と伝えて俺達は帰路に就いた。言い争っている2人に聞こえたかどうかは、知らない。
家に帰って風呂に入っている時に気が付いたが、3日後は5月5日、俺の誕生日じゃないか。誕生日にまたあの姉妹に会わないといけないのか。誕生日をこんなに憂鬱な気持ちで迎えるのは今世で初めてだ。4日後って言いましたよね、って嘯いても神様は許してくれると思う。
せめて次に造船所へ向かうまでは心安らかに生活したいと、湯船の中で神に願った。




