第30話 俺は設計士の部屋へと向かう
舟作りを依頼しに造船所へとやって来ている。自慢の天才設計士を紹介するというダニエラさんに案内されて建物の奥へ入っていくと、雑多に物が積まれたごちゃごちゃした一室に通された。
部屋の壁全面に設置されている棚には、紙を束ねた書籍らしき物がぎゅうぎゅうに押し込められている。部屋の中央には幅の広いテーブルがドカンと占拠しているが、その上にも書類が山のように積まれていてテーブルの表面は全く見えない。床には丸められた紙屑が散らばっている。山の中に出来る獣道のように人が通る道らしき物が出来ていなければ、誰も此処で人が生活しているとは思わないだろう。
「お~い、リオネラ。金持ちの貴族が仕事の依頼を持って来たぞ」
何か言い方に棘を感じるんだが?
ゴミゴミとした室内をダニエラさんは構わず進んで行った。積み上げられた書類がダニエラさんの粗暴な動きによって崩れ落ちていく。全く気にしないダニエラさんも良くないと思うが、歩く振動だけで崩れるような積み方をするのもどうかと思う。
「ちょっとお姉ちゃん、書類には触らないでっていつも言ってるでしょ。ああもう、右足で書類を踏んでるから。振り返ったら腕が書類に当たるからじっとしてて。お願いだからもうこれ以上崩さないで」
ダニエラさんより一回りも二回りも小さな魚人族が何やら騒いでいるが、ダニエラさんに隠れて全く見えない。喚く声とリオネラという名前から判断するとダニエラさんの妹なんだろう。姉が造船所の経営者で妹が船の設計士なのかな。俺達は2人の喧嘩に巻き込まれないように、慎重に後ずさりをして部屋を出た。
「ははは、すまんすまん。リオネラは昔から神経質なくせに部屋を片付けられないんだ。そのくせこの国だけじゃなく他国の造船所からも書類を取り寄せて物をどんどんと増やしていく。人前に出る事を嫌い、部屋に籠って新たな船の研究をするばかり。そういうちょっと変わった子なんだが、船の設計に関しては才能が有る。東方伯が新造した外洋船もリオネラの設計なんだぞ」
貶していた割には妹の仕事ぶりを興奮気味に自慢する。喧嘩するほど仲が良い的な関係なのかな。そして姉さんとは違い、内に籠るタイプの天才か。神経質な人なら対応が難しい。
「俺達もあの部屋には入らない方が良いでしょうね。ですが仕事の話はどうしたらいいんでしょうか」
「応接室に来るよう言っといたからいつか来るだろう。まあ、気長に待っていてくれよ」
「気長にって言われても」
「部屋が片付くまでか、人に会う決心が出来るまでか、お腹が空くまでか。部屋から出てくるのはいつも不規則だから、私にもわからん」
「ええっと、ダニエラさんと船について話をするっていうのは」
「既存の船を作るなら私で十分だが、自分の思い通りの船が欲しいのならリオネラに直接話した方が良いぞ」
それなら仕方ない。こんなことになったのは明らかにダニエラさんのせいだが、気難しそうなリオネラさんには別の方法でアプローチしよう。
「分かりました。このまま待つのは時間が掛かりそうなので今日はこれで失礼します。リオネラさんには明日のお昼前にまた訪ねるとお伝えください。お昼ご飯を持ってくるので、リオネラさんの好物があれば教えて下さい」
「甘い物が好きだな。他は、う~ん、そうだな。最近流行っている魚のフライには興味を示していたな。外出は嫌がる癖にそういうのは食べたがるんだよ。母さんが居ればうちでも作れるだろうが、私は料理が下手でな」
2人だけで生活をしているのかな。なんか悲しい話になるのも嫌だから、その点には触れないようにしよう。
「リオネラさんは魚以外にも貝や海藻も食べますよね」
「あれでも魚人族だからな。水の中の物は大概好きじゃないか?」
ふっふっふ。勝ったな。天才引き籠り設計士に男爵家が最高のフライを提供しようじゃないか。
造船所を出た俺は船着場に戻り、親方に現状を報告した。親方もリオネラさんの事はよく解っているようで、その状況になったら今日会うのは無理だなと言っていた。魚人族の間では有名人なようだ。
「希望の海産物を明日入荷してもらう事って出来ますか?」
「う~ん、海から此処まで運ばれてくるのに基本は3日掛かる。船の中に生簀を作って泳がせているから鮮度は保たれるが、今注文しても明日は無理だな。今日の夕方に船が付いたら、明日の夕方まで新しい入荷は無いぞ」
まあそれは仕方ないな。今買える物で何とかしよう。
「ゲオルグ様、船が来る時刻はアリー様の下校時間と重なるので私は帰らなければなりません」
あ、そうですね。一日中付き合って頂いてありがとうございました。
俺達は急いで屋敷に帰り、アンナさんとルトガーさんに交代してもらって船着場に戻った。
丁度船が船着場に着いた所で、荷卸しが行われていた。運ばれた海産物はまずお城に運ぶ分が仕分けられ、それから飲食店や市場で販売する業者達がある程度購入する。今日運ばれてきた新鮮な海産物は10分の1以下になり、ここから一般人が購入出来るようだ。それでも十分な量が残っているのを見て、流石王都だなと感心した。
よしよし、結構な量を購入出来たぞ。魚を数種類、貝に海老も購入出来た。衣に混ぜる為の青のり粉も買ったし、明日の準備は万全だな。今晩はこの食材を料理長に調理してもらって、明日に備えようではないか。




