第10話 俺は母さんの体調を心配する
「ねえ、なんで土に文字書いてるの?」
昼前に王都から飛んで帰って来た姉さんが、倉庫の土台に仕込んでいる途中の魔法陣に興味を持った。他の皆も一緒に帰って来ている。椎茸の天ぷらに感動したらしいシビルさんは、傭兵団員を数人連れて山に入っていった。出来れば栽培できるように、椎茸が根付いた原木を取って来て欲しいとは伝えてある。姉さんの斜め後ろで控えているアンナさんは、随分久しぶりに見た気がする。
「あれは魔法陣と言って、魔石にドワーフ言語を刻むように、地面に言語を書いているんだ。長方形に描かれた魔法陣の上に倉庫を建てて、アイテムボックスの基点にするんだよ。完成したら姉さんのリュックはこっちの倉庫と繋ぎ直すことになるからね。アンナさん、母さんの体調は大丈夫ですか?」
もう一度しっかり見ようと飛んで行った姉さんは置いといて、体調が悪い母さんと王都に残った筈のアンナさんに質問する。
「ええ、ここ数日は落ち着いています。椎茸の天ぷらも美味しそうに食べていました。調理道具を持ってきたので、ゲオルグ様も食べてくださいね」
ああ、それでシビルさんはまた山へ入っていったのか。それにしても、治ったという表現を使わないアンナさんに違和感を覚える。また悪くなる可能性がある病気なんだろうか。
「母さんは何か重い病気なんですか?」
病気は嫌いだ。前世の嫌な思い出が蘇る。暗い顔をした俺にアンナさんが優しい声を掛ける。
「病気じゃないので大丈夫ですよ。お腹の中に赤子が居るんです。男爵から聞いてませんか?」
「え?」
何それ聞いてないんだけど。青天の霹靂とはこのことか。父さんはなんで俺に黙ってたんだ?
「まだ安定期じゃないのに、この喜びを父親から子供達に伝えるんだって張り切っていたんですがね。忙しくて伝え忘れたんでしょうか。この分だとアリー様も知りませんね。後で伝えておきます」
騒ぐだけ騒いで困った方です、とため息をつく。家族にとって大事なことを忘れるほど忙しくは無いと思うが。安定期前という事で考えを改めたのかもしれない。
病気じゃないと聞いて安心し、父さんへの不満が収まって来ると、新しい家族が増えるという喜び、興奮が胸に湧き上がってきた。
「弟?妹?」
「ふふふ、生まれてくるまではどちらか分かりませんよ。ゲオルグ様も一緒に名前を考えてあげてくださいね」
そっか、そりゃそうだな。ここ最近妊娠が分かったのなら、妊娠3か月くらい?
この世界でも妊娠期間は10か月くらいだろうか。今は3月だから、出産は10月前後。
「出産は秋頃。秋、食欲の秋。食べ物、果物。リンゴ、アップル、ブドウ、グレープ、モモ、ピーチ」
桃は夏か?
「はいは~い。私は唐揚げと天ぷら」
いつのまに戻って来たのか、姉さんが手を上げて自分の好みを発表している。好きな食べ物を挙げているんじゃないんだよ?
「女の子なら果物の名前を付けるのも良いかもしれませんね。男爵はまた歴史上の偉人から名前を借りるんじゃないでしょうか。アレクサンドラもゲオルグも過去の偉人で、昔から人気のある名前ですからね。出産までは時間が有るのでそれよりもいい名前を考えてあげてください。」
へ~、知らなかったと言う姉さん。俺も知らなかったよ。偉人のゲオルグさん、何をやった人なんだろう。今度王都に帰ったら図書館で歴史書でも漁ってみようかな。
その後、家族が増えると聞いた姉さんは喜び、王都方面へ消えて行った。
姉さんを連れ戻してきたアンナさんに、椎茸の天ぷらと山菜を使ったかき揚げを作ってもらった。塩で食べるのも良いけど、めんつゆが恋しい。せめて醤油を早く手に入れたい。
半日で結構な量の山の恵みを頂いたが、まだ採れる量が有るらしい。王都に近い土地なのにあまり人が入っている形跡がない。この辺りに住んでいる人はどうしてキノコや山菜を採らないんだろう。
「おそらく毒キノコばかりだから人族は敬遠してる。大型の獣も居なかったから狩りに入る旨味も無い。果物が生る木は有ったから、秋には近くの住民がやってくると思う」
ここ2回の登山でかなりの距離を歩き回ったらしいシビルさんの見解。同行した団員の方々は立ち上がれないほど疲れていたのに、シビルさんはぴんぴんした様子で、フライヤーの間近で天ぷらが出来る瞬間を眺めていた。油が跳ねて危ないと思うんだが。
「採って来た椎茸の原木はエステル様に管理の仕方を教えるから」
まったく飽きた様子も無く椎茸に齧り付きながら、山から持って来た原木についてシビルさんが意見を出す。椎茸も温室で育てるんだろうか。
「温室で育ててもいいけど、湿度を高めに維持しないといけないから、他の薬草を育て辛くなる。そこはゲオルグ次第。私としては年中椎茸が食べられると嬉しい」
温室じゃなく露地栽培なら春と秋に収穫できるらしい。キノコ類は秋のイメージが有るけど、春にも食べられるんだ。シビルさんが椎茸を取ってくるまで俺は知らなかった。日本のスーパーには年中キノコが有ったからな。促成栽培って素晴らしい。
「どの温室にどの薬草を植えるかはもう決めてあるから変更するのは難しいね。キノコは露地栽培で頑張ろう。竹林の中であまり日光が当たらない場所を選んだらいいかな」
「うん、それでいい。エステル様には薬草栽培、椎茸、竹林、それと山の管理方も教える。山も少し手を加えて、間引きと植林をした方が良い。学校に行かなければエステル様1人で出来ると思うけど、誰か人を付けてあげて」
おうおうおう、エステルさんへの比重がどんどん重くなる。エルフ族の仕事量がやばい。学校が無くても1人でやるのは大変そうだ。動かせる人は傭兵団の人しかいないけど、引き受けてくれるだろうか。多少給料を出せばやってくれるかな。
「我々3人はシビル様の薬に命を救われました。シビル様の為なら例え報酬が無くとも何でも行います」
傭兵団員を集めて、エステルさんと一緒に林業を営む人を募集したら、シビルさんを崇拝する3人が立ち上がった。立ち上がれないほどに重症だった人の目力が特に凄い。その気持ちは嬉しいんだけど、エステルさんがちょっと怖がってるから気持ちを押さえて欲しい。




