第2話 俺は神様の話を聞く
ここはどこだろう。
気がついたら見知らぬ部屋で1人、立ち尽くしている。
薄汚れた壁紙に綺麗な絵画がかけられている。軋む板張りの床には立派な棚が並べられ、様々な調度品が置かれている。
質素な部屋に豪華な物を無理矢理詰め込んだような印象だ。
「立ち尽くしている、か。夢だな」
神への祈りも通じず、俺は数週間前から寝たきり状態になった。家族みんな優しかったが、介護してもらうのはやっぱり辛い。
首から上はまだ動いた。最近の楽しみは、小学生になった妹の話を聞くことだ。毎日が楽しいらしい。
そんな寝たきりの俺が、立っている。2本の足が床に着いている。結論、これは夢です。
やることもないし、室内を物色してみるか。棚の上に置かれていた花瓶のような物を手に取る。表面に複雑な模様が描かれている。花を生けてないからこの場合はツボか?違いがよく分からない。
「お待ちしていました。中村桃馬さん」
急に名前を呼ばれて、持っていた調度品を取り落としそうになる。フルネームで呼ばれるのは中学の点呼以来かな。あー、病院でも呼ばれてたな。ちょっと気が滅入る。
「えーっと、なんか暗くなってません?これから貴方には輝かしい未来が待っています、元気出していきましょう」
下手くそな宗教勧誘みたいな言い回し。ていうか誰だこの人。
笑顔でこっちを見ている。控えめに言っても美人だ。
綺麗な黒髪を腰まで伸ばして先端で束ねている。服装は神社の巫女っぽいけど、上下共に白。清潔感があるね。
俺は普段来ている寝間着姿。夢ならもっと良い服にして欲しい。
「すみません、どちら様ですか?」
俺の疑問に、待ってましたと返答する。
「私は、あなた方の世界で言うところの、神です。気軽に、神さま、と呼んでくだしゃい」
うーん、新手の詐欺かな。カミカミ詐欺。
「神さまが人の夢に何の用ですか?」
色々言いたいことがあるけど、1つずつ聞こうか。
「ここはあなたの夢ではありませんよ。言うなれば神の世界です。日本人のあなたには神域と言った方が分かりやすいでしょうか。あ、日本と言っても、大阪の神世界とは違いますよ?まあたまに酔っ払った神も現れますけどね」
ペラペラと聞いてないことまでよく喋る。さっき噛んだのが恥ずかしいんだろうな。
「ではその神さまが俺に何か用ですか?因みに大阪にあるのは神じゃなくて新しい方の新世界ですよ」
行ったこと無いけど。
「ははは、わかってますよ。ここに来る日本人の死者の中に、時々そういうダジャレを言う人がいるので、私も真似をしてみました」
そうか、日本人の死者に教わったのか。
「俺は、ようやく死んだのか」
ようやく、だな。悲しみよりも喜びの方が強いかもしれない。
「はい、桃馬さんは日本時間の5月5日に日付が変わると同時に、息を引き取りました。御冥福をお祈りいたします」
神が死者にそれ言う?
「ええっと、無事迷わずに死後の世界に来れたようです。ありがとうございます?」
「いえいえ、私は特に何もしていませんので」
倒れたのが一昨年の夏、長かったような短かったような。
因みに5月5日は俺の誕生日。この日で17歳。享年17歳は、短いか。
「で、俺に何か用ですか?」
「桃馬さんの過去を伝え、未来をどうするか相談したいと思います」
「はあ」
宗教的な感じ?神だからいいのかな。よくわからないから、曖昧な返事をする。
「我々がこの世界を創造した時、人間の寿命は50年程度を予定していました。ですが人間が独自に自分達の保守点検やメンテナンスを行い、今の平均寿命は大体80歳くらいに伸びてます」
日本とか裕福な国はね。貧しい国では50年もいかないでしょ。
「寿命が伸びたせいで世代交代のサイクルが遅くなっています。10代から出産可能なのに、今は大体20代から30代くらいですよね?」
いや、知らんし。それも環境で変わるんじゃないですか?
「遺伝って知ってますか?我々にはある計画があります。その為にも人間には色々な環境に適応出来るような強い肉体に進化して欲しいのですが」
「世代交代が遅くなったから、遺伝子が変異する回数も減って、進化も遅くなったということですか」
「その通りです。さすが日本人は理解が早くて助かります。詰め込み教育バンザイ」
いい笑顔ですね。俺はどっちかというとゆとり世代だけど。読書したりテレビを見たりする時間が沢山あったからな。
「せっかく猿から長い時間を掛けて進化させたのに。かといってこれからまた新しい肉体を作っていくのは気が遠くなります」
そんな泣きそうな顔しなくても。
「神さまの思い通りにいかないこともあるんですね」
「そうなんです。我々も万能ではないんです。そこんところ重要です」
また笑顔になった。コロコロ変わる表情が面白い。
「で、本題なんですけど。桃馬さんの早世の原因は我々にあります」
この神様の言うことはすぐに理解出来ない。メンデルの法則くらい分かりやすく話して欲しい。
「えーっと、よく分からないんですが。それが本当なら、とりあえずあなたを殴る」
「わーー、わわわ、私を殴ったって何にもなりませんよ。桃馬さんの右手が痛むだけです。も、もう少し話を聞いてくだしゃい」
また噛んだ。
あわわと慌てる神が可愛いから、振り上げた右手を下ろす。
と見せかけて左手を上げる。
「ひっ」
やーい、引っかかった。頭が痒かっただけです。
「殴らないから、話の続きをお願いします」
神が涙目になってる。
うーん、どう見ても年下の女の子にしか見えなくなってしまった。
妹に会いたくなったじゃないか。