第92話 俺は優しい王子の手を引っ張る
やっぱりダメだ。最初に使った魔導具で再度測定試験に挑戦し、その後2つの新しい魔導具を使って魔力の測定を行ったが、何度やっても魔導具が反応しない。そりゃそうだ、俺からは魔力が放出されないんだから。
検査を担当した職員達が集まってどう対応するか相談している。後からやって来た上司らしき人も加わって会議が続く。数分の後、測定を担当した職員が俺に向かって宣言する。
「協議の結果、ゲオルグ・フリーグの検査結果は、魔力なし、とします」
周囲からどよめきが生まれる。歴代一位の弟が、あの男爵家の嫡男が、第3王子も味方を間違えたな、などと好き勝手に話している。全部聞こえてるからな。
なるべく平静を装って王子とマリーの所へ戻る。王子は俺に対し、あの、その、と言葉を紡ぐ事が出来ないでいる。そんな辛そうな表情をしなくても大丈夫だ、分かっていたことなんだから。マリーみたいに何でもない風でお願い。
「王子、次の検査に行かないと失格になるよ」
動かない王子に声を掛ける。俺の事より自分の心配をするべきだ。俺も次の技能試験を楽しみにしている。
まだ何か言いたそうな王子の背中を押し、訓練場の方へ移動した。
技能試験会場である訓練場へ行くと、案の定王子の順番になっていた。気持ちを切り替えた王子が訓練場へと入場する。試験官に頭を下げた後、観戦者の中に知り合いがいたのか、そちらに向けて手を振っている。目深にニット帽を被った小さな女の子だ。あの子が王子の妹なのかもしれない。あ、父さんも居た。
「では、行きます」
そう宣言した王子が、火魔法を発動する。目の前に火球を作り出し、徐々に大きく育てていく。王子の体が隠れるほどに成長した火球を射出、1つの的に向けて少しずつ速度を上げていく。狙われていない3つの的の動きが鈍る。検査を担当する魔導師は、他の子の検査でも魔力温存を考えて行動する姿勢が見て取れた。
最高速度に達した火球の動きは素晴らしく、的との追いかけっこはそれほど時間が掛からずに終わった。的にぶつかった火球は爆発し、その体から3つの小さな火球が分散。3つはそれぞれ個別に的へ向かって突撃し、油断して動きを遅くしていた的は回避出来ず、3つ同時に撃ち落とされてしまった。
観戦者から拍手が起こる。妹ちゃんが頑張って手を叩く姿が微笑ましい。最初は地味な魔法だなと思ったが、一気に勝負を決める派手さを見せた。堅実そうな王子には似合わない気もするが。
「ふう。上手く行きました。足の震えがまだ止まりません」
そんなに緊張してたのか。測定試験の時とは違って笑顔で手を振る余裕があったから、緊張している風には見えなかったな。
「ゲオルグ・フリーグ」
さて、俺の順番が来たぞ。訓練場に入る。父さんから声援が飛ぶ。俺も可愛い妹からの応援が欲しい。
姉さんから借りたリュックから魔導具を1つ取り出し、試験官の1人に見せる。
「技能試験では魔導具を使用したいんですが、構いませんか?」
確認せずに試験を始めても良かったんだけど、念のために聞いてみた。
「技能試験は自らの力で行う物です。魔導具の使用は禁止されています」
特に協議もせずにダメだと言われた。そういう規定があるのかもしれないが、少しは考えるそぶりを見せてくれてもいいのに。
「この魔導具は俺が考えて作った物です。俺が今持つ力はこの魔導具で示せると考えています」
「ダメです」
「見るだけ見てもらえませんか?」
「ダメです」
う~ん。せめて他の人と相談するくらいしてくれないかな。
揉めている俺と試験官を見かねてか、王子が訓練場に入って来た。
「ゲオルグさんで最後なんですから、見るだけ見てもいいじゃないですか」
話を聞いた王子が俺を擁護する。その王子の姿を見た試験官がふんっと鼻を鳴らして笑っている。王子に対するとは思えない態度だ。第三王子だからと甘く見ているのがよく分かる。
「魔導具の使用は禁止です。魔導具を使えば獣人だって魔法は使えます。自分の実力を示すのが試験の本分ですから、魔導具を使うと失格になりますよ」
俺に行った説明をもう一度王子に伝える。それはそうなんでしょうが、自分の実力を示す方法が魔導具なんだって。
獣人族を馬鹿にしているような言い方も腹が立つ。貴方がバスコさんと戦ったら、絶対バスコさんが勝つ方に賭けるぞ。
「そいつは魔力なしの無能だから魔導具に頼るしかねえんだよ」
挑発するような声に振り向く。訓練場にもう1人やって来ていた。誰だか知らないが、左側の口角だけ上げて嫌な笑い方をする奴だ。
「そんな言い方はないと思います。この試験は芸術点が付くはずです。魔導具を使ってどういう魔法を見せるのか、それを見てから判断してもいいじゃないですか」
王子が反発的な態度を取る。そんな声も出せるのかと、俺の中の王子の評価が変わっていく。
「はん、どうせ失格になるんだから見る必要なんかねえだろ。魔力がねえ奴はどうやったって無能なんだよ」
「あれ?僕の測定試験の結果は見ましたか?魔力量で判断するなら僕の方が上ですけど。僕より無能な兄さん、僕の友達を悪く言うのは許しませんよ」
兄か。という事はこいつが第二王子。第一王子は誕生祭で男爵家の屋台に毎年来るから、もはや顔見知りだもんな。
プフラオメ王子は第二王子派のシュバイン公爵に誘拐され殺されそうになった。6歳と言えど、そういう状況は王子も理解しているはずだ。それが強気な態度に出ている原因だろう。
「ふ、そんな数値もう関係ねえんだよ。囮にされた奴と、魔力がねえ無能。どちらも要らねえ奴だ、お似合いだな」
「関係ないってどういう事ですか。囮ってなんですか。言いたいことがあるならハッキリ言ったらどうですか」
「知らねえ方が幸せなことってあるんだぞ」
囮というのは恐らく、不穏分子をあぶりだすために王様があえてプフラオメ王子を誘拐させた、という話の事だな。第二王子は何処まで知っているのか。お前が誘拐の黒幕じゃないのか?
言い合いを重ね、プフラオメ王子の顔がどんどん険しくなっていく。右手を握りしめ、今にも第二王子を攻撃しようと。第二王子もそれには気付いているだろうが挑発を繰り返している。攻撃させて、何かしようとしているんだな。試験官も止めようとしない。もしかしたらこの試験官、第二王子派か?
「あ、俺はもう失格でいいです。技能試験は棄権します。プフラオメ王子行きましょう」
ダメだダメだ。この程度の事でプフラオメ王子の立場を弱めるわけにはいかない。
王子の手を取って訓練場を退出する。憎いのは分かるけど、憎しみに囚われてはいけない。王子は優しい王子のままでいて欲しいんだ。




