第91話 俺は王子の緊張を解す
昼休憩が終わり、技能試験の観覧に戻って暫くした頃、王子のもとに知らせが届いた。驚きと共に王子がマリーに内容を伝える。
「ローゼマリーさんがマルグリットさんの測定試験結果を上回ったそうです」
マリーの表情が強張る。お昼を食べている時は自分はまだまだとか言ってたのに、随分と悔しがってるな。まだどうなるか分からないんだから落ち着いて。
マリーを慰めながら無難な演技を2人観終わると、次はローゼマリーさんですよと王子が教えてくれた。
やや赤みがかった茶髪の女の子。束ねられていない綺麗な髪は腰に届くほどの長さだ。服装は綺麗にまとまっているがゴテゴテした装飾は無く、動きやすさを重視しているように見える。一番最初に検査を行った公爵の息女は見せびらかすようにネックレスや指輪を付けていた。他の女の子たちもある程度着飾っている。2歳時にお城へ来た以来の登城だ。自分達の子供に注目を集めようと親達も手を貸す。そういう飾り気が全くない女の子。本人の気質なのか、南方伯の教育方針なのか。
訓練場に入場したローゼマリーさんは仁王立ちで腕組みをしたままで動かない。堂々とした姿で眼を瞑ったまま、開始の合図を待っている。小さな女の子が無理してかっこつけているように見えて、俺は微笑ましく感じた。
「かっこいいですね。アレクサンドラさんと似ている気がします」
王子がローゼマリーさんを見て羨望の眼差しを向ける。王子はああいう子が好みかな?
姉さんも腕組みで仁王立ちはやるだろうが、きっと笑ってる。かっこつけたい気持ちと楽しい感情が鬩ぎ合って顔に出ちゃうんだな。まあその笑顔が更に自信たっぷりに見えるんだけど。
そう説明すると王子も納得していた。
「なるほど。ではアレクサンドラさんとは違うかっこよさですね」
王子の言葉と開始の合図が重なる。
ローゼマリーさんが目を見開き、右手を横一閃。4つの火球が等間隔に出現し、空中で留まった火球が形を変えていく。火球から脚が生え、頭が伸び、嘴を付け、大きな両翼を広げた。
「あれは、朱雀、か」
随分と久しぶりに見たが、あれは姉さんの朱雀だ。
「そうですね、アリー様の朱雀とよく似ています」
「何年か前に魔法で動物を作った子が居て、それ以来の流行りだと聞いています。去年も2人ほど火球や土塊を動物に変える人が居ましたね。アレクサンドラさんが発祥だったとは知りませんでした」
ほほう。技能試験には流行があるのか。確かに姉さんが作る四神は可愛かったし、父さんが言うには当時の姉さんは随分と目立っていたらしいからな。真似したくなるのも分かる。
ローゼマリーさんの試験は4体の朱雀を操り的を攻撃。暫く4つの的と追いかけっこを繰り広げ、時間は掛かったが全ての的を撃ち落とした。的に体当たりをしても爆発せず貫通してローゼマリーさんの手元に戻って来た朱雀達を見るに、1体の操作に集中した方が素早く全ての的を撃ち落とせたんじゃないかと思う。
一際大きな拍手を送る王子に気付いたローゼマリーさんがこちらにペコッと頭を下げて訓練場を後にした。同い年で異性の王族、向こうも意識しないわけないよね。これは恋愛の予感?
それから暫く他の子達の技能試験を観ていたが、これはと光る魔法を使う子は居なかった。皆、火か土の魔法を使い丁寧に的を攻撃する。連射速度、操作性、複数の魔法を使うなどで差を見せようとするのがほとんどだった。従者の子は概ね単純な魔法を使うが、さすがに伯爵家以上の子は工夫をしようとする姿を見せた。でも、身内びいきと言われるかもしれないけど、マリーの金属魔法が一番目立ってたな。
「そろそろ僕達の順番が回ってきますね。測定試験の方へ行きましょうか」
王子の使用人が呼びに来た。もう少し観ていたかったが仕方ない。使用人に連れられて移動する。ジークさんは技能試験の現場に残るそうだ。そういえば父さんは何処に行ったんだろう。
「あと3人ですか。ドキドキしてきました」
検査室に行き、順番待ちの列に並ぶ。1人、また1人と列が進むと少しずつ王子の口が重くなる。緊張がこちらまで伝わってくる。王子が列の先頭になった所で、がら空きの脇をくすぐってやった。
「ははは、やめ、やめてくだ、はは、はああ」
くすぐったこっちがびっくりするくらいの大げさな反応が返って来た。大きな声に試験官の方々も驚いている。騒がしくしてすみません。
笑いが落ち着いた所で王子の名前が呼ばれ、魔導具に近寄っていく。いってきますと言った王子の顔は笑顔だった。緊張がほぐれたようでよかった。
「ふぅっ。はっ」
王子が気合を込めて魔導具に魔力を送る。数秒後、王子の結果が伝えられ、一部で歓声が上がり、一部で落胆する人々が生まれた。どうなった、どういう反応だ?
「やりました。アレクサンドラさんには及びませんでしたが、今日一番の結果です」
結果を教えてくれた王子は、安堵した表情で優しく笑っていた。




