第90話 俺は王子の境遇を憂う
マリーの技能試験はジークさんも観ていたようで、照れ臭そうにマリーを褒めた。マリーは試験が終わっても金属魔法を解除する事無く、ジークさんの隣に並べて見比べている。細かい所を修正したいんだろう。俺は魔法を見た感想をマリーに伝えた。
「結構不自然な動きをしてたけど、その子って自動で動いてるの?」
「いえ、私が魔法で動かしています。変な動きになってしまったのは、この日まで内緒にする為に練習を余り出来なかったのが原因です。朝の剣術稽古をもっと真剣にやっておくべきでした」
「あれ程見事に操れるなんて凄いです。僕には何処が変なのかよく分かりませんでした」
興味深げにジークさんとメタルジークを見比べている王子に、俺が感じた違和感を説明してあげよう。
「関節が硬いからか剣の振り方も硬くなっている。一番は手首の関節かな。肘と肩で剣を動かしているのがダメなんだと思う。振り下ろした剣を斬り返すには手首の動きが大事になるからね。もし斬り返さないなら剣を振り下ろした勢いを利用して剣の切先で円を描きながら上段に構え直すのが良いんだけど、メタルは振り下ろした剣を途中でピタッと止めて振り上げ直していた。訓練で素振りをしていた影響だと思う。剣を上下に動かすだけじゃ無くて、薙ぎ払うとか突きとか、他の攻撃も織り交ぜた方がいいよね」
「なるほど、ゲオルグさんは剣術に詳しいんですね。僕は魔法と違って剣術の先生には叱られてばかりなので、羨ましいです」
少し調子に乗って喋り過ぎたかな。身振り手振りまで付けて動き方の説明をしたのが恥ずかしくなってきた。そんな羨望の眼差しで俺を見ないでくれ。
「走り方や足捌きは悪くなかった。ずっと走り込んでいたお蔭かな。あとはマリーが剣士の動きをもっと理解出来たら、メタルはもっと強くなると思うよ」
恥ずかしさを紛らわす為に、マリーに話を振った。
「はい、暫くは剣術稽古を頑張ります。ゲオルグ様も一緒にやりましょうね」
マリーがニヤニヤしている。俺がまだ剣術稽古を嫌がってるのを知ってるからな。
そういう返事が欲しかったわけじゃないと目で訴えてみる。マリーに効かないのは分かってるけどな。
「お二人の関係が羨ましいです。僕には一緒に稽古をしてくれる友達が居ないので」
「マリーは乳母の娘だから、友達って言うより家族だけどね。王子にも乳母の子とか、昔から仕えている人の子がいるんじゃないの?」
「母が子供は自分で育てたいという考えらしくて乳母はいません。妹にも付けていません。母に仕えている使用人は複数いますが、同い年のくらいの子は居ません。魔法、剣術、礼儀作法、帝王学、歴史、楽器の先生にもお子さんはいらっしゃらないようで、学ぶ時は妹と2人きりです」
何でもない事のように話しているが、2人きりなのは寂しいよな。お城の内部には沢山の人がいるのに、孤独を感じるなんて酷い話だ。かと言って、俺がお城に通う事も、王子が俺の家に来る事も出来ないよな。力になれなくて申し訳ない。
「あ、次の人の試験が始まりますよ。お昼休憩までこっちを観戦していましょうか」
いたっ。
マリーに足を踏まれた。非難の目でマリーを見ると両手で両頬を押さえている。久しぶりに見たな。俺の気持ちが表情に出てたか。
王子が話を切り上げたのは俺に気を使ったからだな。こんな大事な日に、無駄に気を使わせてしまって申し訳ない。
暫く試験を観戦した後、王子の提案によりお昼をお城の食堂で頂くことになった。只今試験もお昼休憩中。午後の試験に参加する子供達は昼食を家で食べて来るし、午前の試験に参加した子供達はマリー以外帰宅した。なのでここで食事をしている子供は俺とマリーと王子の3人。王子が妹君以外と一緒に食事なんて珍しい、と給仕係のメイドさんが噂している。態と聞こえるように言ってるんだろうか。
「午前中はマリーさんが一番良かったですね。後は混戦という所でしょうか。僕も頑張らないと」
王子がフライを食べながら午前中の検査を振り返る。フライは最近王都で流行っている食べ物ですよ、と王子が教えてくれた。嬉しそうに話す王子の顔を見て、自分が広めた物とは流石に言えなかった。
「午後は誰か有力な人が居るんでしょうか」
マリーが王子に質問する。そうだな、このままだとまた顔に感情が出ちゃうから魔力試験の話をしよう。俺達は参加者の名前を聞いてもどんな人か分からないけど、王子なら何か噂を聞いているよね。
「そうですね、1人、上位に食い込んでくると思われる人が居ます。王国の南部国境を護る南方伯の御息女、ローゼマリー・フェルスさんです。本人とお会いしたことは無いのですが、優秀な人物であると南方出身の使用人が話していました」
なるほど、南方伯の。国境警備を任せられている伯爵の娘だ。きっと優秀に違いない。でもその子だけなら。
「マリーが3位以内に入って表彰される可能性が出て来たね」
王子、マリー、ローゼマリー。この3人が上位を争う感じじゃないかな。
「王都の冒険者ギルドや他の街で試験を受ける子も居るので、城内で上位に入ってもまだ分かりませんよ。それにゲオルグ様が上位に来る可能性もあります」
いや、それはないな。技能試験は自信が有るけど、測定試験は恐らく最下位だからな。
「そうですよ、まだどうなるか分かりません。午後は一緒に頑張りましょう」
王子の熱い視線に、俺は引き攣った笑顔を返しながら魚のフライを口に放り込んだ。




