第88話 俺は大事な検査に緊張する
普段通りの時間に起床し、いつもの運動着に着替え、定刻となる前に庭へ向かう。変わらぬ体操を行い、ランニングへ向かおうとしたところでマリーから声が掛かった。
「昨日走りましたが、今日も走りますか?」
あれ、そうだっけ?
剣術稽古の準備をしていたと思われるジークさんが悲しそうな顔で佇んでいる。
「父を無視して走りに行くのも良いんですが、その足元で走るのは危ないので履き替えて来て下さい」
マリーに言われて自分の足元を見ると、普段ランニングで使う靴じゃなかった。
「なんで俺は父さんの靴を履いてるのかな?」
「知りませんよ。寝ぼけてたんじゃないですか?」
ラジオ体操中も誰か気付いただろうに、早く言ってよ、もう。
剣を振るにしてもずっとこの足元だと恥ずかしい。急いで履き替えて来よう。
ジークさんの指導の下、マリーと剣を振るう。ランニングを終えたクロエさんも参加した。姉さんは参加せず、何処かへ行ってしまった。
「マリーは普段通りだね。俺も普段と一緒のつもりだったけど靴は間違えるし、集中しろと稽古ではジークさんに怒られるし、朝から不穏な気配がするよ」
「私も昨夜はなかなか寝付けず、今とても眠たいです。参加する人は皆、緊張しているんじゃないですか?」
「そうだよね、俺達だけじゃないよね」
何人もの子供が今日の検査を受けるんだ。自分1人じゃないと思うと少し緊張が和らいだ気がした。
シャワーを浴びて朝食をとるために食堂へ向かうと、そこでは姉さんが待ち受けていた。
「やあやあ我が弟よ。今日は魔力検査だ。応援するために良い物を用意したぞ。これを食べて頑張りたまえ」
バーンと自らの口で効果音を用意し、姉さんが食卓にその良い物とやらを並べて行った。
「これは、ハンバーガーと、プリンか。姉さんが作ったの?」
「いや、ハンバーガーはニコル先生に、プリンはエマに作ってもらった。さっき取りに行って来たんだよ。これを食べて、検査を頑張るんだぞ」
「あらら、2人には早起きさせて迷惑かけちゃったね。検査が終わったら謝りに行かないと。でも、ありがとう。元気が出るよ」
「ふふふ、どういたしまして。あ、マリーの分もあるからね」
朝から賑やかな食事だったが、悪くない。楽しい食事は気持ちを和らげる。姉さんありがとう。あ、姉さんのリュック貸して。魔導具を運ぶのに使いたいから。
事前に連絡されていた検査の順番に間に合うようお城へ向かう。俺の順番が6番、マリーが7番。貴族の子弟とその従者という形で申請すると、連番になるよう調節してくれるらしい。知り合いが近くに居る方が緊張しなくていいね。
王侯貴族とその関係者はお城へ、それ以外の王都民は冒険者ギルドで検査を行う。俺達はもちろんお城。保護者として俺には父さんが、マリーにはジークさんがついている。ギルドならまだしもお城に単独で行くのは荷が勝ちすぎるからね。4人を乗せた馬車は、検査開始前でまだ混雑していないお城の南門を通過した。
「ゲオルグさん、お久しぶりです。お元気でしたか?」
魔力検査は魔力量を測る測定試験と、実技を行う技能試験の2つを行う。最初に実施するのは測定試験。測定試験を行う検査室の端っこで列を作って試験開始を待っていると、プフラオメ王子が近寄って来た。周りに他の子や大人も居るのに、そんなに仲良さそうな雰囲気でいいのか?
「これはプフラオメ王子様、ご機嫌麗しゅうございますです」
いかん。周りの目を気にしてきちんとした言葉遣いで会話をしようと思ったら変な感じになった。
「ゲオルグさん、普通に話していただいて構いませんよ」
王子からも憐れまれている。そんな気は無いんだろうが、ダメな子を見る目をしている。
「そうは言われましても王子様相手に不敬な言葉遣いをしてしまいましては我が男爵家の未来が危うくなってしまいますのです」
「気持ちは伝わりますが、やっぱり言葉遣いが変ですよ。後で教えるので、僕とは普段通り話しませんか?」
「そう?じゃあ止めるわ。流石に一夜漬けじゃ無理だったか」
一応頑張ったアピールをしてみる。そんなことやってないけどね。
「僕の順番は最後なんですけど、ゲオルグさんは何番ですか?」
王子は気にした様子も無く世間話をを始める。最後なのにこんなところに居るのか。ゆっくりしていればいいのに。
「6番だから、直ぐだね」
「マルグリットさんはどうしたんですか?」
「マリーは緊張してたからちょっと散歩に行かせた。昨日の夜からガチガチだったんだよ」
本当はトイレに行ったんだけど、それを言うのは野暮ってもんだ。
マリーが帰って来た後、3人は検査の順番が来るまで取りとめのない話で盛り上がった。




