第85話 俺は王子の心配をする
無事に我が家へ帰宅して豪華な食事を堪能していると、急いで帰って来たらしい父さんが涙目になりながら文句を言う。
「折角近衛師団を率いて迎えに行ったのに、何で先に帰っちゃうんだよ」
それは俺達に言われても困る。帰ろうと発言したのは母さんだ。2人のコミュニケーション不足でしょ。
そんな父さんに対して母さんは全く悪びれる様子も無く答える。
「あら、お城に行ったらそのまま家に帰って来るかと思ったのに」
「俺も心配していたんだから、そこは迎えに行くだろ。父親の仕事ぶりも見せたかったのに、なんで帰るんだよ」
「兵士に拘束されて色々聞かれるのが面倒だと思ったからよ。疲れてるはずの子供達に無理をさせたくなかったし、ドーラ達が残ってたら大丈夫でしょ」
「そ、それはそうかもしれないけど」
「それに、アナタはここで文句を言っている暇はあるのかしら。率いて行ったはずの近衛師団を置いて来てよかったの?」
「そっちはジークに任せたから大丈夫、のはず」
「ならお城へ経過を報告しに行ったら?」
「捕らえた敵から情報を聞き出してからでいいだろ。今の俺は事件が終息に向かっている事くらいしか報告出来ないぞ」
「王子は心配してるでしょうね。誰からも報告を受けずに悩んでるかもしれないわね。兵士の聞き取りが終わるのって何時頃になるのかな?」
いいから早くお城に行けよと母さんからの圧力が掛かる。王子の事は確かに心配だ。勝手にお城を抜け出したことで重い罰を受けたりしていなければいいけど。
「わかったよ。お城に行ってくる」
父さんが肩を落として食堂から出て行こうとした時。
「ちょっと待った」
姉さんが声を上げた。引き留められたことが嬉しいのか満面の笑みで振り返る父さん。
「王子もお腹空かせてると思うから、この唐揚げを持ってってよ。あとクッキーも」
そんなことかと一瞬がっかりした様子だったが、娘の頼みごとを断る父さんじゃない。早速料理を包ませ、姉さんがリュックから取り出したクッキーを3つ受け取る。
「クッキーは残さずちゃんと食べるように言ってね。私達3人から王子への贈り物だから」
姉さんなりの王子への励ましだろうか。あんまり食べやすいクッキーじゃなかったけど、硬くなったクッキーを渡せば俺達が自由になったことを証明出来るからかな。王子と別れた時はクロエさんが姉さんのリュックを持っていたんだし。
「わかった。王子に会ってくるよ」
料理とクッキーをバスケットに入れた父さんが食堂を出て行った。きっと気に病んでいるはずの優しい王子をどうか励まして来て欲しい。
「王子様が食べる物って、毒見とかしないんでしょうか」
クロエさんの疑問に答えられる人はその場に居なかった。
「おう、無事に帰って来てよかった。これから緊急時に備えて倉庫に色々な道具を置いておこうと考えていた所だ。どんな物があると便利だったか意見を言え」
父さんが出て行った後、クッキーのお礼を言いに鍛冶屋へやって来た。歓迎してくれたヤーナさんと共にソゾンさんの所へ向かうと、無事を祝われながらも倉庫内の改良について相談を受ける。
「美味しいご飯。クッキーも良かったんだけど色々な味が欲しかった。あと水以外の飲み物も」
俺が返事をする間も無く姉さんが答える。自分の欲望に忠実な返答だが、俺もその件には賛成している。あ、ヤーナさんの作ってくれたクッキーへの文句じゃないんです。
「アイテムボックスを通過すると日数が経過するから保存食以外は難しいのう。飲み物も同じじゃ。その辺は我慢してくれ」
「日持ちさせるなら塩漬け、酢漬け、糖蜜漬けが良いかもしれませんね。瓶詰のジャムを用意しておきましょう」
クッキーの味変について提案する。小さな瓶を用意してジャムを小分けにしていたら便利じゃないかな。
「あとはナイフとか寝袋とか着替えとか。食器にお鍋、傘、水着、靴」
姉さんが思いついた物を次々と上げていく。それで何をどうするつもりなのかわからん。キャンプか?
この前倉庫に色々な物を置きすぎてソゾンさんに怒られたことを忘れてるよな。いや、ソゾンさんがアイデアを出せって言うから調子に乗っているのか。
ソゾンさんにダメだしされながらも姉さんが次々と物の名前を上げていった。
夜になって、お城から父さんが帰って来た。王子は少し落ち込んでいる様子だったが唐揚げやクッキーを食べて笑顔を取り戻したようだ。
「ありがとうございます。ゲオルグさんとマリーさんは魔力検査で会いましょう」
王子からの伝言。元気なら何より。年下かなと思ってたのは内緒だ。良く泣いてたからな。
検査まであと2日、泣き虫で優しい王子と再開するのを楽しみにしていよう。




