第78話 俺は姉さんの行動を見守る
「私の父。私が王子を抱いて飛んで行った方が絶対速いから、私が行く」
姉さんが声高らかに宣言する。
頭を抱えた俺を見てドーラさんが返事を返す。
「本当に親子か?アイツの出身地、嫁の名前、嫁の実家は何処だ?」
「ヴルツェル、リーゼロッテ、東方伯領のキュステ。こんなことやってる暇ないでしょ。私は裏切ったりしない。ゲオルグとクロエは置いていくから信用してよ」
迷わず質問に答えたな。興奮して俺達の本名はさらしたくせになぜ自分は名乗らないんだ。
「それが本名か」
渋い顔をする俺にドーラさんが確認する。
「そうです、嘘をついてすみません。信用していなかったもので。俺はゲオルグ・フリーグ。あっちが姉のアレクサンドラ・フリーグ。こっちはクロエ、友達です」
俺達の名前を聞いてドーラさんは納得した表情を見せる。
「そうか。ゲオルグはアイツに似てる。アレクサンドラもリリーに似ているな。私は2人をよく知っている。その似てる感じを信じてやろう」
そんなに似ているだろうか。姉さんと母さんは何となく分かるけど。でも似ている程度で信用するって言うのもおかしな話だ。
俺が首を傾げている間にも話は進んでいく。
「じゃあこの計画書は王子に託す。確実に渡せよ」
「はい。任せて下さい」
王子が計画書を大事そうに懐にしまったところで、皆で外に出る事になった。いつの間にか雨は上がっていたが、上空は未だどんよりとした雲が滞在している。
「本当に姉さんに任せていいんですか?」
裏切るかも知れませんよと言外の意味を込め、歩きながらドーラさんに質問する。
「あの子の力は昨日戦ったからよく分かっている。シビルも飛行は出来るが地上戦の方が得意だ。こっちに残ってもらってる方が助かる。最悪私達3人居れば逃げ出すことも出来るし、弟が残っているんだからそうそう裏切らないだろう」
何故か信頼された姉さんはクロエさんにリュックを渡している。最後にもう一つ、と言ってクッキーを口の中に入れているが、どれだけ倉庫に保管してたんだ。
「よし、そろそろ行くから掴まって」
姉さんが王子にしがみつくよう促す。王子は恥ずかしいのか戸惑いながら姉さんの腰に手を回している。
そんな雑念を感じるのは今だけだよ。姉さんの飛行を体験したらそんな気持ちは吹き飛んでしまうから。
飛行に移る前に姉さんが右手を挙げ、言霊を発する。
「花火」
右手の先から巨大な火球が出現する。これを見た事が無い人は唖然としている。一緒に開発した俺も唖然としているが、姉さんは何を考えているんだろう。
火球を上空に打ち上げると同時に、姉さん達が高速で飛び立つ。かすかに王子の悲鳴が聞こえた。
2人は火球に追いつき一緒に上空へ登っていく。
何をするのか分からず皆で行方を見守る。空を覆う雲にも届きそうな勢いがある。
上空で一旦動きが止まったかと思うと、火球が少し縮んだ。
「爆発します、伏せてください」
王子の声が響く。姉さんの魔法によって拡散しているんだろう。俺は反射的に耳を塞ぐ。
そして。
強烈な爆音爆風閃光が周囲に散らばっていく
風に乗って四方八方に小さく分かれた火球が降り注ぐ。その火球に紛れて姉さん達も出発。
飛行する姉さん達に向かって村の外から魔法が放たれるが、風を味方に付けた姉さんの飛行速度には対応出来ず関係ない所を通過していた。
王子に向かって手を合わせ無事を祈る。初体験であの速度はやばい。
「うん、きちんと王都に向かって飛んでいた。あの火球は村の周囲に迫っている敵への威嚇、攻撃、目くらまし、色々な意味を込めていそうだ。面白い娘だな」
いや~、どうだろう。そこまで考えていたかな。自分の力を皆に見せたかっただけな気がする。
「クッキー美味そうだな。ちょうど腹が減ってきたところだ。少し分けてくれ」
バスコさんにそう言われたクロエさんがクッキーと水を振る舞う。他の人にもどうですかと勧めるクロエさん優しい。
「私は見回りをしながら自前の物を食べたから大丈夫」
「食べている暇はないぞ、外から火球が飛んで来た」
シビルさんは要らないと言い、ドーラさんが警告を発する。
ドーラさんの言う通り、姉さんが飛んで行った方角から村に向かって火球が迫ってくる。姉さんが放った魔法の残りではなく、姉さん達を狙った魔法が逸れてこっちに来た物でもない。こちらを攻撃する意思を持った火球が村に近づく。
「少し準備運動をしてくる」
ドーラさんがふわりと浮きあがり、近くの屋根に着陸する。それと同時に水球を射出し、火球を迎撃。
風も水も使えるドーラさんは優秀な魔導師だな。魔女と名付けたのもあながち間違いでは無かった。そういえばさっき、“雷帝”って名乗ってたな。得意魔法は雷撃魔法か。もし使うことが有ったら後で姉さんに教えてあげよう。
屋根の上で準備体操をしているドーラさんに向かって今度は複数の火球が襲って来た。
パチパチパチと拍手を送る。
水魔法を操り、村に火災の被害を出すことなく、全ての火球を迎撃した。姉さんが飛ばした火球で村外に火事が起こってないと信じよう。
迎撃を終えたドーラさんは少し上空に浮き上がり、外の様子を確認している。火事になってないよね?
「南以外からも敵が近づいて来ている」
雲が吹き飛ばされて出来た青空を見て、好都合だとシビルさんが声を漏らした。




