第76話 俺は誘拐の目的を考える
「少し落ち着いて話をしないか?こちらからこれ以上危害を加えるつもりはない」
魔女からそう言われるが、はいそうですかと納得できるわけが無い。
目撃者の俺達を殺さない理由も無い。
「捕まっているこの子が誰なのか知ってるかい?」
貴女から王子と聞いたくらいしか知りません。
俺と一緒に他の2人も首を横に振る。
「この子はこの国の王子だ。第三王子。知らずに飛び込んできた正義感は立派だが、君達は大きな事件に巻き込まれた」
「すみません」
王子がか細い声で謝罪して来る。
態々危険に飛び込んだのはこっちだ、王子が謝る必要は無い。
「こいつは自分の親から外に行くなと言われているのに、使用人の甘言に惑わされ抜け出した。1度ならず何度も。小さな成功で気を良くして、警戒を解いてしまった。誘拐されたのは自業自得だ」
王子が泣き出す。謝罪の声が大きくなる。
「そんなの、子供を利用しようとする大人の理屈だろ」
魔女の言い方にイラつきを覚え、反発してしまった。挑発に乗ってしまったが、誘拐した側の勝手な言い分が許せなかった。
「ふふ、ようやく喋ったね。君が3人の司令塔かな。席について話さないか?」
魔法で椅子が一脚運ばれてくる。
姉さんもクロエさんも俺に座れと目で訴えてくる。リーダーは姉さんなんだが。
椅子に何も仕掛けられていない事を警戒しながら、仕方なく席に着いた。
「まずは自己紹介をしようか。私はドーラ。“雷帝”のドーラだ。君達を監視していた獣人はバスコ。もう1人居たエルフがシビル。シビルは周囲の警戒に出てるよ。で、こいつがプフラオメ王子だ」
いつのまにか泣き止んでいた王子が、よろしくお願いします、と後に続いた。
よろしくお願いしますは場違いだろ。一瞬だが間の抜けた空気が流れる。
こちらもと促されるが、そんな簡単に本名を名乗るつもりは無い。バスコさんに名乗ったのと同じ名前で行こう。
「僕はブラック。女の子がレッドで、獣人の子がホワイト」
姉さん達にも適当な名前を付ける。青がエステルさんで、黄色がマリーだ。そのうち黒はエマさんに譲ろう。
明らかな偽名を覚えようと王子が何回も連呼している。そんなに必死に覚えようとされると恥ずかしいんだが。
「まあ名前はなんでもいいか。ブラック、我々は依頼を受けて誘拐をしている。依頼主の誘拐目的はなんだと思う?」
「身代金」
思いついた内容を即答する。ドーラさんのペースで会話をするつもりは無いと意思表示。
「一般的な答えだね。君はもう少し違う考えが出来る子かと思ったけど」
買いかぶりですよ。肩を竦めて反応する。
「依頼主は人族至上主義の為に王家の混血を排除するのが目的だそうだ。この王子にはエルフの血が混ざっているらしい」
「えっ」
王子が声を出す。黙っていられない人だ。あの姉さんですら黙っているのに。
それにしても人族至上主義か。この世界にも人種差別って有るんだな。今まで気にした事なかったのは、俺の周囲にそういう人が居なかったからか。
「無事に帰れたら母親に確認してみな。外見的な特徴は無いから混血は数代前だろう。ハーフエルフなら一目でわかる」
「そんなぁ」
落胆の表情を見せる王子。感情表現豊かですね王子。
王子の反応を見てると何故か和む。
「私は混血は悪いことじゃないと思うけどね。あんたに流れるエルフの血が、いつか役に立つよ」
あらら、ドーラさんは意外と優しいんだな。
ありがとうございますなんて王子が言うからドーラさんは顔を背けてしまった。
一呼吸置いて俺に向き直る。
「誘拐事件の主犯が人族至上主義の者で、目的は混血の排除だと大いに宣伝するそうだ。王子は生きて帰すから殺すなと言われている」
「生きて帰して民衆の前で処刑でもするんですか」
「さあ、親子共々処刑するのか国外追放するのか、その先を私は知らない」
「処刑するなら僕だけにしてください。母と妹は助けてください」
俺とドーラさんの会話を聞いて王子が取り乱す。何度も家族を助けるよう懇願する。
「そう叫ぶな。私はこの話は嘘だと思っている。戦時中ならともかく、今の平和な時代に民族主義は流行らんよ」
王子の表情が安堵に変わる。
「ではなんだと思っているんですか」
目的はなんだ。貴女達が依頼主を裏切るメリットはなんだ。聞きたい事は山程有る。
「話は変わるが王子、あなたは魔法が得意なようだね。第一王子を超える魔力を持つ、と城下で話題になっていたよ」
「兄と比べたことはありませんが、魔法の先生には褒められています」
王子が少し照れた様子で問いに答える。王子は喜怒哀楽の権化だな。
「この国は人族至上主義というより魔力至上主義だ。魔力の量、魔法の巧みさで王が選ばれる傾向にある。現王も第二王子だった」
「次の王に第三王子が選ばれる可能性があると」
俺の言葉に王子が驚く。
第一王子を越える魔力ということは魔力検査を受けた当時の姉さんを越えるかもしれない。本当にそれほどの力があるのなら神様も罪深い事をする。
「このまま立派に成長したら、な。それを面白く思わないのが第一王子派と第二王子派の連中だ。擁立する王子が国王になるかどうかは、天と地ほどの差があるからね」
なるほど、と王子が納得する。王族というのも大変だな。お城では日々派閥争いが行われているんだろう。
そういえば父さんと東方伯は結局何派なのか確認してなかった。ラインハルトさんが第二王子派で、ヴェルナーさんが王弟派だったっけ。
「我々に仕事を依頼したのはシュバイン公爵だ。王都より北に領地を得ていて、この村も領内。依頼を受けた時に本人が居たが、わざわざ姿を見せるなんて我々も舐められたものだ」
はあ。ドーラさんが何故か怒っている。依頼主なんだから仲間じゃないのか。気が合わないのかな。
「その公爵は第二王子派だそうだ。後は分かるな」
繋がりはそっちか。
色々面倒くさい人だけど、ラインハルトさんと敵対することになるのは、ちょっと嫌だな。ヴェルナーさんならあれなんだけど。
王子が納得したような表情をしている。公爵と第二王子に何か思い当る事でもあるんだろう。
「第二王子と第二妃が関わっているかはわからないが、公爵が一因なのは確かだ。さてここで質問だが、公爵がこのまま我々や王子を生かしておくと思うかな」
ドーラさん達に責任を押し付けて第三王子を排除すると。そこまで過激になるほど第二王子派は追い込まれているのか。
知り合ったばかりの第三王子の命を考えながら、俺は未だ依頼から帰って来ていないラインハルトさんの未来を案じていた。




