第75話 俺は分散した事を後悔する
お腹が空いたと訴える姉さんがリュックからクッキーと水筒を取り出した。
あのリュックはソゾンさんの倉庫と繋がっている。綺麗に使っていたら怒られはしないだろうが、倉庫を便利に活用しているようだ。
「助けて頂いてありがとうございます」
一緒に掴まった少年が俺達に頭を下げる。
色々聞きたいことが有るけどとりあえず今は話をしている暇はない。クッキーを水筒の水で流し込む。
「獣人族が魔法を使える、なんて考えたことがありませんでした。魔法の先生に話をするときっと驚かれます」
先程の実験についての興奮を訴えてくる。
魔法を習う家庭教師でも付けているのかな。誘拐されるほどお金持ちならそれくらいするか。俺は2枚目のクッキーを頬張りながら少年の身元を推察する。
しかし何時焼いたクッキーだろう。痛んでは無いだろうが、水が無いとなかなか飲み込めないくらい硬い。アイテムボックスを通過することで最低1日は経過しているから硬くなるのは仕方ない。保存食だと思って我慢するしかないか。
「先程獣人さんを捕縛したのは草木魔法ですね。見た限り皆さんはエルフ族ではないようですが、草木魔法はエルフ族の一子相伝では無かったんですね」
クッキーは2枚でもういいや。クロエさんも終わりか。姉さんが3枚目に齧りついている。
その間に鞘と剣を回収し、懐の剣帯に納める。姉さんが食べ終わったら魔法を込めなおしてもらわないと。
「その剣は魔法剣でしょうか。お城にもいくつかあるみたいですが僕は触ったことはありません。少し拝見させて頂いてもよろしいですか?」
「そんなことしている場合じゃないよ。すぐ食べて逃げないと。食べないなら片づけるよ」
姉さんがお腹が空いたっていうからここに留まっているんだけどね。
色々なことに興味があるらしい少年は喋るのに夢中でクッキーに手を付けていない。食べるかと思いきやポケットからハンカチを取り出し、大事そうにしまった。叩いても増えないよ?
「僕は大丈夫です。今は喉を通りそうにないので、後で頂きます」
「食べなくてもいいけど水分はとっておいた方が良い」
水筒の蓋に水を注いで少年に渡す。水分は喉が渇きを感じる前に取らないとね。
「お気遣いありがとうございます」
水を受け取った少年は、くいっと勢いよく飲みほした。
「じゃあ行こう。時間が無いから急いで、でも静かに」
水筒をリュックにしまった姉さんの号令で動き出す。
部屋を出る前にやって欲しい事がある。まずは剣を渡すから魔法を込めて。種を持っているならちょうだい。
縛っているバスコさんにも再度草木魔法を掛けてもらう。これでしばらくは大丈夫だろう。
眼や口、耳にも南瓜達は覆いかぶさっているが鼻だけは残している。胸腹部が上下しているから呼吸も出来ている。バスコさんの生存を確認して、俺達は地下室の扉を開けた。
慎重に階段を上り、一階の廊下に進む。
特別耳が良いわけではないが俺達が発する僅かな音以外には何も聞こえない。あの2人はまだ帰って来てないだろう。
玄関への道を探す為、手分けして廊下にある扉を開いて行く。台所、食堂、客間、うちよりは狭いけど割と立派なお屋敷だ。地下室に運ばれた時は玄関から廊下に出て割と直ぐ階段を下った筈だから、一番奥の扉ではないと思うんだけど。
「ありました」
少年の声が聞こえる。そんなに大きな声を出さないで。
集団で動いた方が良かったと後悔しながら、少年が開け放った扉に駆け寄る。
扉を抜けると豪華な玄関ホールが待っていた。
周囲を確認する。人の気配はない。
これは行けるのか?
罠の可能性は?
「皆さんこっちです、急ぎましょう」
慎重の意味を理解していない少年が玄関を開いて外に出る。姉さんですら周りを警戒しているのに。
「うわあああ」
外に出て立ち止まった少年に、左右から植物の蔓が襲い掛かる。
ああ、もう。やっぱり何か仕掛けてあった。
少年を助けるために急いで駆け寄る。姉さんが風魔法を準備し、地面から生えている植物を攻撃しようとする。
「動くな」
玄関を抜けようとしたタイミングで、魔女が現れた。左手を少年の顔に向けて警告する。
そんなことは関係ないとばかりに攻撃しようとした姉さんをクロエさんと2人で引き留める。
「どうせあの子は人質なんだから、むやみに攻撃しないはずなのに」
姉さんがぼそっと言ってくる。そうかもしれないけど、万が一ってあるから。
魔女は風魔法で地面と繋がっている植物を切断し、浮遊魔法で少年を持ち上げる。そのまま少しずつ屋敷に入ろうとしてきたから、俺達はズルズルと玄関から室内に戻るしかなかった。
「逃げてください、逃げてください」
捕獲された少年が煩い。逃げたいのはやまやまだけど、玄関は魔女の向こうだ。窓から逃げるか、姉さんに屋敷を破壊してもらうしかない。そんなことをやる隙はなさそうだし、なにより今更少年を置いて逃げる気にはなれなかった。たぶん姉さんとクロエさんも同じ気持ちだ。
「せっかく脱出したのに残念だったな。君達を監視していた獣人は生きてるかい?」
魔女の問いに誰も答えない。逃げて逃げてと少年が叫ぶだけだ。
「王子さま、少し黙っててください。悪いようにはしないから」
魔女の顔を見て、王子と呼ばれた少年は怯えて口を閉じた。俺には見えなかったけど、鬼のような形相だったんだろうか。
それにしても、王子、か。お城の剣が、とか言ってたから嫌な予感がしてたんだよな。王家のごたごたになんか関わりたくない。だからあえて自己紹介もしなかった。
静かになった王子が床に下ろし、魔女がホールの片隅にあった椅子を魔法で呼び寄せ腰掛ける。
そして魔女は俺達にこう提案した。
「少し落ち着いて話をしないか?こちらからこれ以上危害を加えるつもりはない」




