第73話 俺は獣人との対話に挑む
「おはようございます、良い天気ですね。便所に行きたいんですが」
座れるように起き上がらせてもらい、猿轡が外された。
とりあえず挨拶をして、トイレに行きたいと訴えてみる。出来ればトイレに連れて行ってもらい、室内に剣があるかどうか確認したい。
「今は俺1人なんだ。他の者が帰って来るまで我慢してくれ。それから今は雨が降っている。悪い天気で残念だったな」
それは残念。
しかし、素直に教えてくれたな。
嘘が付けないタイプか?
本当の事を言っても問題無いと舐められているのか?
そりゃ舐めるか。只の子供ですからね。暫く雑談をして様子を見るとしよう。
「そうですか、雨音が聞こえないので晴れているかと思いました。まあ雨が良いか悪いかは人によりますよね、農家さんは喜ぶでしょうし」
「ここは地下室だから雨音は聞こえないな。農家のことは知らないが、俺は雨は嫌いだ」
割と簡単に乗ってくれる。
1人で居て退屈だったんだろうか。
「濡れると色々面倒ですからね。獣人族のお兄さんは、えっと、僕はブラックと言います、お兄さんのお名前を聞いてもいいですか?」
「俺はバスコだ」
適当な偽名を使った俺に笑顔で名を答える。
もしかして、この状況を楽しんでる?
戦ってる時も笑ってたもんな。受け身になるのが好きなのかもしれない。ドМかな。
少し考えて別の話題を振る。
「バスコさんに質問してもいいですか?」
「これからどうなるかは俺も知らないから答えられないぞ」
そうやってついつい話しちゃうから教えてもらってないのかな?
「いえ、その話ではなくてですね。僕らを縛っているこの植物はなんですか?図書館の図鑑でも見たことないし、ちょっと動いてるのが気持ち悪いです」
「それは仲間のエルフが長年かけて作り上げた魔植物だ。俺も詳しくは知らないが、魔力を栄養に生きているらしい。そいつに縛られると魔力を吸収されて魔法が使えなくなるんだとよ」
魔植物。一緒に居たエルフが品種改良して作ったってことか。それとも他に誰かいるのか。
姉さんが魔法を使って切断出来ないのは、魔力を吸収されて上手く魔法を使えないからなんだな。姉さんの膨大な魔力を吸い過ぎて破裂したらいいのに。
「凄い発明ですね。一緒に居たあのエルフの方ですか?別の方ですか?僕は植物にも興味があるんで、一度お会いしたいですね」
「俺たちは昔から3人で1組だ。見回りから帰って来たら話を聞くように言ってやるよ」
3人か。バスコさん、エルフ、魔女で3人。あの人攫い達は雇われた外部の人間って感じか。
「ありがとうございます。因みにこの植物って僕でも育てられそうですか?」
「さあどうだろうなぁ。草木魔法で成長させていたからな。俺や姉御は出来ない。ブラックたち3人が増えたから、昨夜は一晩中魔法を使って大変そうだったぞ」
魔力を吸って草木魔法で成長させる魔植物。3人の中ではエルフしか使えないと。
姉さんやエステルさんなら育てられそうだ。何とか種を入手して研究したい。
「ははは、すみません。エルフの方にお会いしたら真っ先に謝罪します」
「それがいいかもな」
姉さんが魔法を使えない理由は分かった。次は剣がどこにあるのか知りたい。普通に聞いても教えてもらえそうだけど。
「もう1つ質問なんですけど。バスコさんは僕が鞘に入った剣で殴りかかった時、素手で受けましたよね」
「そうだな」
「途中で剣を抜いてからも素手で受けていました。僕の剣、切れ味は悪いですが、全く斬れない訳ではありません。なのにバスコさんに傷1つ付けられなかったのは、魔法ですか?」
マリーに金属魔法で強化してもらっていたから、実際は切れ味が上がっていたはずだ。しかし難なく防がれたのは納得できない。
バスコさんが近くの机に手を伸ばして剣を持ち上げる。見せてくれるとは有り難い。
「傷を負わなかった理由は3つある。ブラックの筋力不足が1つ。刃の当て方が下手なのが1つ。斬れない剣で練習しているとそうなる。そして俺が秘技の硬化を使っていたのが1つだ」
「秘技というのは、魔法とは違うんですか?」
剣を確認できた嬉しさを抑え、話を続ける。
「獣人族内では魔法とは異なると言われている。我々は火も土も風も水も、魔法と呼ばれるものは扱えない。秘技で肉体を強化して戦うのが獣人だ」
剣を机に戻し、両腕に力こぶを作り筋肉をアピールする。
肉体を強化。それは、金属魔法で武具を強化するのと似た発想じゃないのか?
「秘技は獣人皆が使えるんですか?この子が秘技を使っているところは見たことが無いです」
獣人族全員に使えるのならクロエさんも使えるはずだ。使えるなんて聞いたことないけど。
「秘技が使えるようになるのはそれなりに厳しい訓練がある。訓練を受けていないのか、気を練るのが下手なのか、使えない理由は色々ある」
「僕はすべての生物に魔法を使う為の魔力が宿っていると考えているのですが、秘技も魔力を使っているのでは?」
「詳しくは知らないが、我々は“気”と読んでいる。気を練ることで秘技を発動させるんだ」
「気、ですか。僕は魔力だと思うんですけど。ちょっと僕の実験に付き合ってもらえませんか?」
魔力を吸う植物と、獣人と、気と。
よし、上手く行くか分からないけど、ちょいと実験してみましょうか。




