第71話 俺は獣人を振り切ろうと足掻く
どれくらい獣人と戦っていたか。10分か、30分か、1時間か。
動き回りながらあの手この手で獣人を攻めたが、有効なダメージは与えられていない。左足を狙っているのが分かりやす過ぎたか。
獣人の方からは殆ど攻撃してこない。俺に打ち込ませ、防御に専念している。偶に来る攻撃はわざと分かりやすい動きで襲ってくる。獣人の攻撃を受け流し、あるいは回避して即座に攻撃に転じる。一度明らかに手加減している獣人の左正拳を態と喰らい、同時に左手の鞘で獣人の胸を突いてやった。
その攻撃を受けた獣人は更に笑顔になる。俺がどういう行動をするのか、それを見て楽しんでいるようだった。
どんなに動いても、獣人からの攻撃を受けても、筋肉疲労を覚えることは無いが息は上がる。もう少し走り込んで心肺機能を鍛えておけばよかったと後悔する。
「子供達を連れて来るなんて聞いてないけど」
一度止まって息を整えている間に、姉さんの魔法に対応していた大人が話を始める。声からして女性だ。魔女と名付けよう。
その人達の会話に耳を傾けながら、もう一度獣人を攻めたてる。
「勝手に付いてきたんだ。我々の仕事は計画通り、この少年を運ぶだけだ。あとはそちらの仕事。さっさとその子供も縛りあげたらどうだ」
俺の事だろうか。獣人を攻撃しながら耳を傾ける。
もう少し俺に注目したらどうだと獣人が攻撃の手を増やす。会話が気になって足の動きが悪くなる。
「捕縛用の植物はそれで全部だ。その担いでる少年の分を使ってしまった」
魔女がそう答える。姉さんを縛っている植物の事か。姉さんは声を出さない。気を失っているのかもしれない。
焦って斬りかかっても獣人に難なく弾かれる。なんとか姉さんの様子を確認したいのに。
「ふん、こいつはもう眠ってるから問題ない。そっちの獣人は子供相手に大層苦労してるな」
獣人はニヤッと左の口角を上げる。挑発されたんだぞ、こっちじゃなくて向こうを見ろよ。せめて隙が生じれば、魔法を放ってやるのに。
「うちの獣人は久し振りの戦闘を楽しんでいるのさ。本気を出せばすぐに終わる。それよりも」
やっぱりこの状況を楽しんでいるのか。
俺は遊んでいる暇はない。獣人を無視して行動しようとしても目の前に立ち塞がる。
どうする?
一旦引くか?
見逃してくれるとは思わないけど、クロエさん達と合流した方がいいかも。
俺の考えは魔女の言葉で霧散した。
「それは魔力を吸い取る特殊な植物なんだ。外さないでもらえるかな」
「やめろ!」
姉さんの叫び声に気を取られる。
視線を外した俺に獣人が近付き、剣と鞘を強打する。衝撃に握力が耐えられず、剣を落としてしまった所で両手を上げ降参を訴える。
僅かに本気を出してきた獣人の力にまったく耐えられなかった。姉さんの言葉に動揺しなくても、俺には何も出来なかったと言うことだ。
「結局3人の子供に見られたが、他には居ないだろうね」
3人?
獣人によって捕獲され、姉さんの傍に連れて行かれる。
そこには俺と同じように捕獲されたクロエさんが居た。
姉さんは先程までの静けさが嘘のように大声を出して騒いでいたが、ついに猿轡をされてしまった。今まであえて黙っていたのか。生きていてよかった。
俺とクロエさんも縄で縛られ、猿轡をされる。マリーは捕まらないでくれよ。
「さてどうする。殺してしまおうか」
魔女の発言に人攫いの1人が反発する。
「殺すのは勿体無いな。奴隷として高く売れそうじゃないか。特にその獣人の子なんか種族的に珍しいんじゃないか」
少年を抱えている方の人攫いが耳障りな笑い声をあげる。
珍しい種族と言われたクロエさんに目を向けると、何とか縄から脱出しようともがいている。
「わかった。では子供達はこちらで引き取ろう。これから私達は馬車移動だ。君らが担いで移動するより人目につかないだろう」
魔女の提案を受け、全員が行動を始める。
魔女が姉さんを、エルフがクロエさんを抱える。俺を担ぎ上げた獣人が、弾き飛んでいた剣と鞘も回収した。
侵入した扉とは違う方向に進んだ集団は、家の内部を通過して別の路地に出る。外には1頭立ての馬車が止まっていた。
馬車の荷台に子供達4人と、魔女、エルフ、獣人の3人が乗り込む。人攫いの2人とはここで別れるようだ。
乗車を終えた馬車がゆっくりと動き出す。
荷運び用の幌馬車だ。寝転ばされていると馬車の振動がもろに伝わり体が悲鳴を上げる。
荷台の入口は布で覆われているが、風と振動で布が捲れて僅かに景色が見える。
僅かにお城が見えた。しかし城の正門は見えない。俺の日常でほとんど見る事が少ない裏門だ。
お城の正門は南側、裏門は北側を向いているから、進行方向は北。
幌馬車の動きが止まった。北門に到着したころか。門では兵士による出入管理が行われている。明らかに怪しい馬車だろ、中身をチェックしろ。
俺の願いも虚しく、馬車は一時停止しただけで門を通過した。ここの兵士も仲間なのか。割と大きな事になっていく現状に動揺し始める。
王都の外に出ると更に振動が激しくなった。揺れと緊張で気持ち悪くなるのを何とか我慢する。
「面白い子供達だから売らずに育てないか?」
俺と戦った獣人の声が聞こえた。
直ぐに殺されないのなら何でもいい。捕まっていないマリーが父さん達に連絡してくれているだろう。
「この子らをどうするかは依頼完了後に依頼主と相談してからだ。良くないところを見られたからな。でも悪いようにはしないつもりだ」
魔女の言葉にほっと胸をなでおろす。もうしばらくは生きていられるようだ。ほんとに頼むよ、マリー。




