第70話 俺は無我夢中で行動する
路地裏の開け放たれたドアから、ゆっくりと内部に侵入する。
窓から西日が差しこむ時間帯なのに家の中は薄暗い。窓を閉め切っているようで開いている扉が照明の役割をしている。
内部に入るとそこはおそらく台所だった。暫く使われていないのか流し台や作業台の上に埃が溜まっている。食器や家具、コンロも無いがおそらく台所だ。引っ越した後に誰も住まなくなったんだろうか。
台所の奥にはカウンターが見え、カウンター越しに更に広い空間へと続いている。奥の方からは衝突音や閃光が時折向かってくる。姉さんが魔法で戦っているんだ。足が竦むが、逃げるにしても姉さんを置いてはいけない。奥の広間が見える所まで慎重に進んでいく。
居た。
広間の端っこには客席やテーブルが積み重なり、天井は高めに設計されていた。以前は飲食店を営んでいたと思われる空間で、姉さんは飛び回っている。よかった、無事みたいだ。
姉さんの他に、大人が5人と大人の右肩に抱えられている子供が1人。姉さんが放つ火魔法で照らされて確認できた人数だ。見つけた時より人数が増えている。こんな埃っぽい空き家がアジトではないと思うから、攫った子供をここで受け渡す流れか?
先程から断続的に姉さんが放つ魔法は、1人の大人に相殺されている。火、土、金、水、氷、風を器用に使い熟し、狙う対象も動かしながら攻撃しているが防がれている。
しかしこれはチャンスかもしれない。5人とも姉さんに釘付けになっている。子供を抱える人が最も姉さんから離れているのも好都合だ。後ろから近付けば気付かれないかもしれない。
カウンターから顔を出して広間の様子を窺っていると、姉さんと目が合った気がした。
それを機に姉さんが攻撃の手を強める。派手な音と光を出し、更に自分に注目を集める。相変わらずとんでもない魔力量だ。それに対応する人も凄い。
他の大人達も魔法を使い始めた。植物の蔓を操り姉さんを捕らえようとしている人がいる。エルフが仲間に居るのか。
姉さんは逃げずに戦闘を続けるようだ。姉さんを助けるためにも、俺も行くしかない。
忍び足で進みながら、懐の剣帯から剣を鞘ごと外して手に取る。
子供を抱えている大人に、背後から近づく。
さすがに抜き身で切りかかる覚悟は出来ていないから、鞘で殴る。
こちらに気付いた子供が頭を持ち上げる。
ジェスチャーで静かにしろと伝える。
じりじりと近付き間合いを詰める。大人は自分と子供に被害が及ばないよう姉さんの攻撃に注目している。
よし、ここだ。背を向けている大人の左肩に向けて、思いっきり遠心力を付けて剣を振り下ろす。左肩を砕くつもりで攻撃した。
「あまいな」
低めの声が耳に届いたと同時に、剣は肩に達する途中で別の何かに衝突して弾かれた。
甲高い金属音で鼓膜が震える。戸惑うな、動け。弾かれた反動で数歩下がり、体制を整える。
俺の動きに対応してきたのは、魔法合戦に参加していなかった1人。姉さんが放った火魔法の余波で確認出来た顔つき、体毛、耳の形、獣人だ。
見た感じ手ぶらに見える。子供の腕力だが思いっきり振り回した金属製の鞘を素手で弾いたのか?
金属同士がぶつかった感触、ぶつかった音が聞こえたんだが。
「鞘のままで攻撃せずに、抜いておくべきだったな」
獣人が声を掛けて来る。襲撃に失敗した時点で逃げ出したいんだが、姉さんはまだ攻撃を続けている。
仕方ない、剣を抜き半身に構える。鞘は左手で逆手に持っている。片手剣の場合、左手の所在が合間になる癖があった。それならばと最近二刀流を試している。
「かかって来ないなら、こっちから行くぞ」
そう言われて何故か体が前に動いた。駆け出した勢いで獣人の喉元を突きに行く。
狙い通り防がれるが、剣が右に弾かれた流れを利用し体を捻って左手の鞘で殴りかかる。獣人は難なく右手で鞘を防ぐ。戻してきた右手の剣で今度は相手の左足。これは一歩下がって回避された。狙いが分かりやす過ぎたか。
こちらも一歩下がって息を整える。火魔法で照らされて一瞬見えた獣人の顔が、笑っていた。
ジークさんのように戦闘を楽しむタイプだ。それならばしばらく俺と遊んでいてもらおう。その間にクロエさんとマリーが誰かを連れて来てくれるかもしれない。
斬りかかろうとした時。
「逃げてください」
まだ幼い声が耳に届いた。攫われた子供が声を出したんだ。
「うわっ」
それに気を取られた瞬間を姉さんが狙われた。
エルフの草木魔法によって操られた蔓が姉さんの右足に絡みつく。必死にもがいて蔓から逃れようとしているが上手く行かない。どうして魔法を使わないんだ。風魔法か火魔法で切断出来るだろ。鈍い衝突音を奏でながら姉さんが床に激突する。
姉さんが落ちた方に向かって走り出す。助けに行かなきゃ。
「ちょっと待て。俺はまだお前と遊びたい」
俺の行く手を獣人が遮る。
遊びたい?
そんなことしている場合じゃない。
「どけー!!」
この世に転生して以降一番大きな声を張り上げ、獣人に斬りかかった。




