第68話 俺は周囲の変化を観察する
2月の誕生日を過ぎたあたり、姉さんはもう護衛は要らないと高らかに宣言した。
アンナさんは姉さんが学校に通うようになっても毎日送り迎えするつもりだったらしい。両親と共に驚いていた。
そう宣言した理由の大きな1つは、エマさんが1人で買い物をしたり王都を散歩したりするからだ。同い年の友達が1人で自由に動いている、それならば私も、となったらしい。
よそはよそ、うちはうち理論を展開する母さんを父さんが宥めているのを見て、俺は意外に思った。
父さんの方が過保護にしがちだと思っていたから。
「俺はアリーの意見を尊重するんだ。アリーに嫌われないために」
拳を握り締めて力説しているけど、父親としてそれでいいのかと心配になる。
母さんとアンナさんからも非難の目を向けられているぞ。
家族会議の結果、先ずは1人で行動せず子供達複数で外出する事、しばらくは離れた所から大人が見守る事、王都からは大人無しに出ない事、この3つを条件に姉さんの活動が認められた。最後まで心配していたアンナさんが尾行役も買って出た。エステルさんを無理させないためにランニング時はアンナさんがついて行く。
子供達って言っても姉さんの他にはエステルさんしかいないけど。クロエさんが来たら、そこに含まれるんだろうか。
「何言ってんの、ゲオルグとマリーもだよ。一緒にお出かけしようね」
「え、そうなの?」
急な話過ぎて驚きを隠せない。さっきまでの会話で俺達の名前は出ていなかったはずだ。
父さんを含めて皆が困惑している。それでも何とか立ち直り、俺達はまだダメだと反対しようとしていた父さんに姉さんが縋りつく。
今日の父さんはダメ親父だ。娘に甘えられたらなんでも許してしまう。マンションでも高級外車でも買ってしまいそうな勢いがある。
俺はまだ誰かについて来て貰っていいんだけどな。反抗期でもないし、親と一緒に外に出るのが恥ずかしいとも思わない。何かあった時に魔法が使えない俺では対処できないこともあるから、誰かに居て欲しいんだよな。
俺はまだ誰か大人について来てもらいたいと主張する。
「大丈夫、ゲオルグの護衛は私がやってあげるからね」
姉さんが自信有り気に胸を叩いてアピールする。
結局姉さんが一緒の時はついて来ない、一緒じゃない時は大人がついて来る、ということになった。
自分の意見が通った事で満面の笑顔になる姉さん。
なんだろう、早く大人の仲間入りをしたいお年頃なんだろうか。
姉さんの主張から2月終盤まで、特に何事も無く経過した。
その頃は姉さんもまだエルヴィンさん達に魔法を教えるのに夢中だったから、姉さんが獲得した権利を行使するのは限られた経路だった。家と鍛冶屋を往復する、偶にエマさんの所へ行く、そんな昔から通っていた道だ。俺達が目的地に到着した1分以内にはアンナさんもやって来るから、そんなに離れずに尾行しているんだと思う。
2月の終わり、エルヴィンさん達が護衛依頼に出発した。マルテとジークさんは今回もついて行かなかった。主な理由はジークさんが仕事で王都を離れられない為だが、今後依頼に同行する事は無いとマルテは言っている。過保護な師匠マルテはもう卒業という事かな。
魔法を教える相手が居なくなって寂しくなったのか、姉さんはヴルツェルからクロエさんを引っ張ってきた。嫌がるクロエさんに無理矢理魔法を教えるのは良くないよ。
市場調査はクロエさんが居ない間もマリーがちょくちょく行っていて、小遣い稼ぎをしていたようだ。久しぶりに来たクロエさんに最近の市場の様子を伝えている。冬の野菜はヴルツェル産が人気だ。クロエさんが作った野菜も店頭に並んでいるようで、ヴルツェルフリーグ家が関わっているお店の店頭に並ぶ野菜を見て、嬉しそうに生産者が誰か教えてくれた。得意ジャンルで饒舌になるクロエさん、可愛いです。
そして3月、エステルさんがラーゼン王立学校の学生寮に入寮した。
学校の最終学年は2月末に学校を卒業し、寮を空ける。入寮したい新入生は3月中に王都に来て手続きをする。入学式の4月までに王都での新生活を慣らす目的がある。
寮に入ってランニングに参加することは出来なくなったが、毎日ラジオ体操を続けて学校内を走っているらしい。門限が有るがある程度自由に王都内へ外出出来るみたいで、ほぼ毎日姉さんとお昼ご飯を食べている。
エステルさんが抜けると共に、アンナさんも姉さんから離れるようになった。姉さんに押し切られた感もあるけど。
でもこれでアンナさんも時間が出来て婿探しが出来るんじゃないかな。そう言うとアンナさんは少し寂しそうな表情をしていた。
アンナさんに子供が出来たら両親以上に子離れできない親になりそうで不安になった。




