第64話 俺はマリーに情報を売られる
長期間の依頼から帰って来たジークさんに、剣術の稽古を誘われた。随分と久しぶりの声掛けだ。
そういえばここ最近は魔導具作りに忙しくて剣を振ってなかったな。
「依頼中ラインハルトさん達には剣を教えてたんじゃないんですか?」
確かあの5人の中でラインハルトさんとヴェルナーさんが前衛で、武器を持って魔物に接近するはずだ。レベッカさんも中衛で剣を振るうことがあるって言ってたな。3人はジークさんに習って上達したんだろうか。
「今回の依頼では皆水魔法の訓練に夢中だった。レベッカが早々に水を動かしたもんだから特にな。おかげで俺はやることが無かったぞ」
それは残念でしたね。
でも俺に文句を言われても困る。レベッカさんとエルヴィンさん以外の行動には俺は責任を持たないぞ。
「だから少し付き合え。どうせランニングをしない日は時間が有るんだろ?」
なんと強引な。きっとマリーから最近の俺の行動パターンを聞いたんだろう。マリーはたまによく俺を裏切る。
「一緒に剣を振るくらいならいいですが、打ち合いとなるとまた母さんに怒られますよ」
誕生祭の翌日、母さんは1人でグリューンから帰って来た。父さんはもうしばらく書類と格闘して帰って来るらしい。
持って行ったフライヤーで作った揚げ物は向こうの人達にも大好評で、お祭りは盛大に盛り上がったと母さんは嬉しそうに話してくれた。
そんな母さんの機嫌を態々損ねるようなことはしたくない。
「それでいいぞ。リリーが仕事で居ない時にはやろうな」
え~。やりたくない。やりたくないよ。
「ねえゲオルグ、エステルが庭の花壇で植物を育てたいって言ってるんだけど、何が良いかな?」
朝のランニングが終わった後、姉さんが急に尋ねてきた。
ランニング後にぶっ倒れる事が無くなったエステルさんは、庭の片隅にある花壇に植わっている植物を愛でている。
走り終わったら朝食まで順番にお風呂入るんだけど、入らないなら先に入りますよ。
「俺に聞かれても困るけど、その前に花壇を管理しているルトガーさんに確認した方がいいんじゃない?」
「いま実を付けている南瓜を収穫したら、その場所は好きに使って良いってさ。これからの時期ってどんな野菜が育つのか知ってる?」
「観賞用の花じゃなくて野菜が良いのね。秋に植えるってことは冬に収穫する野菜でしょ。大根、白菜、キャベツくらいかな。あとほうれん草?」
「さすがゲオルグ。良く知ってるね。じゃあそれ全部育てよう」
「ちょっと待って。王都の気候でそれが全部育つかは分からないよ。適当に知っている野菜を並べただけだからね。もっと詳しい人に聞いた方が良いよ」
「そっか、分かった。詳しい人を連れてくることにするよ}
連れてくる?
誰を?
あ、話を切り上げてお風呂に行くのね。はいはい、お先にどうぞ。
話している間にマリーとレベッカさんはもうお風呂に行ってるから、どうせ俺は入れないしね。
あそこで植物と会話しているエステルさんも連れて行ってね。
エルヴィンさん、金属魔法は使えそうですか?
「ただいま。今日はお客さんを連れて来たよ。暫く泊まっていくからよろしくね」
植物の話をした日の夜遅くに、姉さんが帰って来た。
朝食後からエステルさんを残して姿を消していたのは、何処かへ行っていたからか。マリーとレベッカさんが相手をしていたけど、寂しそうだったぞ。姉さんが帰って来ないから、今日は2人が泊まって行くことになったんだぞ。
「お久しぶりです。暫くお世話になります」
おおお、クロエさんだ。
ヴルツェルに温室を作りに行って以来かな。久しぶりに見たクロエさんは相変わらず可愛らしい。そのふわっふわの尻尾、触らせてください。
「ゲオルグ、顔怖いよ」
おっと危ない。またクロエさんに嫌われるところだった。欲望に負けるな、俺。
深呼吸して、よし、大丈夫だ。
「クロエさんいらっしゃい。もしかして、庭で育てる植物の為にクロエさんを呼んだの?」
「そうそう、クロエは農業の専門家だからね。私が知る1番の農家だよ」
そのためだけにクロエさんを連れてヴルツェルまでを往復したのか。また少し、飛行速度が上がったんじゃない?
「もう一つ目的は有るんだけどね。ええっと、シジョウチョウシャだっけ?」
「市場調査、です。大人の人達には内緒なんですから、大きな声で言わないでください」
そうだった、と今更ながら姉さんが小声になる。
アンナさんが居るけど、大人に含まれないんだろうか。
「明日から早朝はランニング。日中はエルヴィン達の訓練。夕方市場が賑わいだしたころに調査。そんな感じでやるよ。南瓜が収穫出来たら、訓練の時間で花壇の世話をするからね。ゲオルグも参加したかったらついて来ていいよ」
相変わらず忙しく動き回る人だ。市場調査は面白そうだから、参加しようかな。
クロエさんと一緒に居たいとか、そういう事じゃないんだぞ。だからマリー、エマさんに変な情報を流すんじゃないぞ。




