第62話 俺は安全意識を広めようと画策する
王様の挨拶を聞き終え、急いでニコルさんの診療所前に戻ってきた。
よかった、父さんはまだ屋台の仕事をしているようだ。
「そうか、揚げ物屋の屋台が有ったか。よし、グリューンへ出発する前に商業ギルドに寄って伝えておく。ゲオルグが言うように火事と油には注意して貰わないと、揚げ物全体の印象が悪くなるからな」
父さんは俺の意見に賛同してくれた。
忙しい中さらに仕事を増やして申し訳ない。
「よし、屋台の事は皆に任せて、そろそろ出発するぞ。ゲオルグ、新しいフライヤーをありがとう。グリューンの人達もきっと喜ぶ。商業ギルドに寄って来るから、リリーは先に王都の東門で手続きしておいてくれ」
そう言って飛び去っていった父さんに続いて、母さんが動き出す準備を始める。
「じゃあねゲオルグ。何か困ったことが有ったら冒険者ギルドを使って直ぐに連絡してね。ギルドには優先的に対処するようお願いしてあるから」
それはちょっと過保護な気もする。何も起こらないよう願っていよう。
俺は母さんの背中に背負われている物に目を向けた。
「空を飛ぶのにフライヤーは邪魔だよね。お詫びの品は別の物にした方が良かったかな」
母さんはフライヤーと食材、油、油を処理する用の海藻などをずっしりと背負っている。せめてもう少し流線形にしないと飛行の邪魔でしょ。
母さんが背負うのは、それでも父さんより速く飛べるからだ。父さんもプライドなく母さんに荷物を託していた。
「それは母さんを馬鹿にし過ぎよ。まだまだ重くなっても大丈夫なんだから。こっちの事は心配せず、誕生祭をゆっくり楽しんでね」
母さんは優雅に飛行していった。本当に荷物の事は何も感じていないかのように。
商業ギルドを介したクレームで例の揚げ物屋さんから恨みを買うかと思ったが、逆に上手な使い方を教えて欲しいと次の日に頭を下げられた。こちらと比べて美味しくないと不評だったらしい。
これは王都に残っている人達では判断できないと、グリューンへ直ぐに連絡をした。何度か父さんと通信した結果、揚げ物屋さんの雇い主である貴族に恩を売るためにルトガーさんを派遣することになった。
味に関してはルトガーさんを派遣したが、フライヤーに関する情報提供は商業ギルドにも行った。
今後揚げ物が広まった時、出店やなんだで商業ギルドは絡んでくるんだ。安全指導などの対応を全て商業ギルドに任せるために、フライヤーや油についての情報を開示する必要があったから。さすがに唐揚げやフライのレシピは渡さなかったけど、代わりにフライヤーを1台商業ギルドに提供した。
今回の動きで、今後多くの国民に揚げ物が広まっていくと思う。渡したフライヤーから模造品も簡単に作れるだろうしね。父さんの他に、フライヤーを作れるソゾンさんや揚げ物を提供している鷹揚亭と魚人族の皆さんも納得してくれた。王都内での火事も怖いし、油による水質悪化は避けなければならない。
ただ、ヴルツェルの爺さんと東方伯からのクレームが来ないかだけは心配している。フライドポテトのお店を出すためにいっぱいフライヤーを買ってもらったからね。そっちの対応は父さん達に任せたけど、対価を要求されそうな気がする。そうなったら新しい揚げ物のレシピで勘弁して貰おう。
しかし、揚げ物屋さんの雇い主はフライヤーをどこで手に入れたんだろう。実物をしっかり見せてもらったが、俺達が作る物の劣化コピーだな。
店員さんは知らないって言ってた。数日前に雇われ、フライヤーの使い方をざっくりと教わり、食べたことの無い揚げ物を練習し、誕生祭を迎えたらしい。
う~ん、雇い主は何がしたいんだ?
その貴族は今は領地に帰っているらしい。嫌な考え方をすると、王都で火事で起こそうとしたとか?
現在の王都では、揚げ物と言えば男爵家だ。火事が起こってそれの原因がフライヤーだとしたら、俺達がいくら関係ないと言っても世間はどう思うかな。
恩を売るとか、そういう話では無いのかもしれない。
俺の知らないところで父さんとその貴族が何かしらの交渉をしている可能性はあるな。
その貴族は王弟派のリーベン伯爵だ。あのヴェルナーさんの父親だから、何か企んでいた可能性は十分あると思う。
1人でぶつぶつと悩んでいると背後から声が掛かった。
「ゲオルグ様、遅くなってしまい申し訳ありません」
そこにはマルテとジークさん、レベッカさんとエルヴィンさんが立っていた。服装は汚れているが見た感じ怪我はなさそうだ。
「おお、おかえり。皆元気そうだね。ラインハルトさん達は?」
「彼らは冒険者ギルドで別れました。今頃家族の所でゆっくりしているでしょう」
そっか、あの3人は俺に顔を見せる必要は無いもんね。
ヴェルナーさんに今回の事を聞きたかったけど、今まで王都外に居たんだし、知ってるわけないか。
「じゃあエルヴィンさんもご家族に会いに行かないとね。誕生祭は今日で終わりだからあまり楽しめないかもしれないけど、ゆっくりしてください」
解散していいよと言う意味を込めてそう発言した。しかし皆動こうとしない。あ、ジークさんは屋台のお酒に目が動いたね。
「ゲオルグ様。私にも水魔法が使えるようになるコツを教えてください」
そういってエルヴィンさんが嘆願してきた。マルテとレベッカさんの表情を見るに、実験は上手く行ったようだ。
そう言えばレベッカさんとの差が付いた後に金属魔法を教えるかどうか決めてなかったな。
姉さんが桃ミルクの実演販売を止めてこちらを注視している。また姉さんが張り切りそうだ。見物客が騒いでるから、早く仕事に戻って。




