第54話 俺は狭量な自分を反省する
「ねえ、ゲオルグ。らんにんぐをする時間だよ」
ゆっくり眠っていた俺を姉さんが揺すり起こす。
へ?
昨日走ったじゃないか。今日は休みだって伝えたよね。
姉さんの両手が薄目を開けた俺の目に襲い掛かる。
無理矢理開かれた俺の目に、姉さんがじっと視線を合わせて来る。こわっ。
「もうみんな待ってるよ。早く着替えて来てね」
俺が目を覚ましているのを確認して、姉さんは部屋を出て行った。もう、今日は走らないって言ったのに。
「遅い遅い、早くしないと日が昇って暑くなっちゃうよ」
まだ眠たいと言っている身体をなんとか動かして庭へ向かうと、昨日と同じメンバーが待っていた。
「そんなに走りたいなら姉さん達だけで行けばいいのに」
「ゲオルグがやってくれないと体操出来ないもん。ほら、早くやろう」
姉さんが朝から元気なのはいつもの事だけど、エステルさんまで居るとは思わなかった。昨日のランニングでもう懲りたかと思ってたけど。
仕方ないからラジオ体操を始める。
姉さんは俺の動きを見ながら嬉しそうに身体を動かしている。何が姉さんの琴線に触れたのか全くわからない。
アンナさんとマリーは終始黙って体操していた。この2人が俺の味方になってくれないとどうしようもない。俺1人では姉さんに立ち向かうことが出来ないんだから。
昨日と変わらない道を、昨日と変わらない速度で走りきった。そして昨日と変わらず、エステルさんがぶっ倒れている。
なんでこの人は今日も倒れているんだろう。
「エステルさん、明日は休みましょうね。でないと体を壊しますよ」
息を切らせて起き上がれないエステルさんに、水筒から少しだけ水を出して手渡す。
「はあ、はあ、ありがとうございます。でも私、体は丈夫なので」
何とか体を起こし、水を受け取るその姿は全く丈夫そうに見えない。
「エステルはね、魔法の才能が凄いのにすぐ息切れしちゃうんだよ。私と同じ速度で飛べるのに、飛べる時間は短い。そんなのつまらないから、息切れしないように特訓することにしたの。ゲオルグも手伝ってね」
つまらないからって言う滅茶苦茶個人的な理由で行動するのが姉さんらしい。
運動の息切れと魔力切れを結びつけたのは、姉さんが何かを感じ取ったのかな。単純にマリーが教えたのかもしれない。
「焦る気持ちは分かるけど、運動と休息を交互にやった方がいいよ。慣れる前に負荷を掛けすぎると故障しちゃうから」
「大丈夫です。私、体は丈夫なので」
なんなのその決め台詞。見かけによらず頑固な人だな。
「あ、エステルは大丈夫だから明日も走るよ」
もう、丈夫とか大丈夫とか何なんだよ。
「あっそ。俺は走らないから、勝手にどうぞ」
俺の話は聞かないくせに自分の意見はごり押しして来る。姉さんが無茶をやるのはいつものことだけど、今日はイライラを抑えられなくなった。
皆の体の為を思って言っているのに。そういう無駄な正義感が俺の怒りを後押しする。
ダメだ。風呂入って、朝飯食べて、一旦寝よう。ここに居ると誰かに怒りをぶつけてしまいそうだ。
足早に去っていく俺は誰からも制止されなかった。止めてくれよと言う気持ちは多少あった。
風呂場で汗を流し、朝食をかっ込んで、自室のベットで横になり頭から布団を被る。その間誰とも会話しなかった。我ながら狭量な男だ。
布団の中で考える。誰が悪いんだ?
俺の話を聞かない姉さんか?
大丈夫だと言い張るエステルさんか?
そもそもランニングをしようと言い出した俺が悪いのか?
いや、姉さん達が参加しなかったらこんな事にはならなかったんだ。
姉さん達が参加した理由は、アンナさんが俺の護衛を頼まれたから。
アンナさんに代わりを頼んだルトガーさんが原因か?
アンナさんに交代を頼んだのが駄目だった。そんなこと言ったら最初にルトガーさんに護衛を頼んだ俺の責任も。
いや、ルトガーさんに商業ギルドへ行くよう命令した父さんが良くない。
何であんな早朝からギルドに行く必要があったんだ。朝食を食べた後にでもゆっくり行けば良かったんだ。
でも最近父さんが商業ギルドと何度も会議し、意見を調節しているのは誕生祭の為だ。ルトガーさんの件もそれだろう。
今年は色々やる事が有るはずだ。連携する屋台も増えたし、ゴミ箱の話、広告の話、空き瓶の話、きっと色々有るんだろう。それらの根本は俺の発言からだ。狙ってやった発言もあれば不用意な発言もあるけど。
う〜ん。何とかしてこの行き場の無い怒りの矛先を見つけようとしたけど、結局全部自分に返って来るぞ。
誰かがこの状況を覗いていたら、自分の計画が上手くいかなかったからって他人のせいにするんじゃねえよ、って言われる気がする。
考えすぎかな?
「考えすぎだよ」
頭の中に声が響いた。去年の誕生祭振りだな。
「今のはマギー様ですね。お久しぶりです。悩んでる俺に救いの手を差し伸べてくれるんですか?」
「いや、今年の誕生祭でお供えしてもらう物の相談に来ただけだ」
「あー、去年も枝豆が良かったって言ってましたもんね。今年も枝豆とビールが良いんですか?」
神様と世俗的な話が出来て、何だかホッとする。ホッとするとともに怒りの感情が抜けていく。
「去年から定期的に枝豆が奉納されるようになったから大丈夫だ。温室を広めてくれてありがとう。今年は新しく広めようとしている料理の味見がしたい」
「では、唐揚げと魚のフライを色々持っていきますね。シュバルトさんも同じで良いですか?」
「あいつは美味い酒があれば大丈夫だろ。私も酒は欲しいから宜しく。お礼に何が聞きたい事があれば答えるぞ。答えられる範囲で、だけどな」
聞きたい事ねぇ。
俺は今考えていることをマギー様に伝えた。
魔法を五行思想で考え、各五行に各種族を当てはめてみた事。
その五行の並びで魔法を覚える順番を考えた事。
最近、それに反した女の子が現れた事。
「何でそんな事になるのか分からなくて。遺伝なのかなって漠然と思ってるんですけど。まあ根本的に五行に当てはまらないと言われたらそれまでですけど」
「なるほど。ちょっと見てみるか。何処に住んでるんだ?」
鷹揚亭の場所を正確に教える。そんなに時間を掛けず、マギー様が発言する。
「ふむ。なるほどな。桃馬が居た世界の言葉で言うとメンデルの法則だな」
久しぶりに前世の名前呼ばれたから反応に困る。
メンデルの法則。つまりは遺伝で合ってるってことか。回りくどい言い方をするんだな。




