第50話 俺は風魔導師と呼ばれる
俺が母さんと遊んでいる間に会議は終わってしまったようで、次から次に参加者が応接室から出て来た。
「あ、ニコルさん。帰る前にちょっと相談したい事があるんですが」
ニコルさんに見られた醜態は気にしない。気にしたら負けだ。
「今度の屋台でケチャップの瓶詰を販売して欲しいんです」
俺の言葉を聞いたニコルさんが1番最後に出て来た父さんを振り返る。
「男爵、今年の屋台の話は決定したよね。もうこれ以上私に負担を強いる事はしないよね?」
ニコルさんと対面した父さんが怯えた顔をしている。母さんに怒られている時の顔だ。こっちからはニコルさんの表情は見れないけど、見なくてよかったと思ってしまう。
「リリーおかえり。またゲオルグが何か言いだしたのかな?」
怒気をはらむニコルさん越しに母さんを見つけ、ホッとしたような表情に変わる。
また、ってどういうことかな?
何時も俺がトラブルを持ってくるみたいな言い方だ。そんなことないよね?
「ゲオルグはニコルさんのケチャップが気に入ってるのよね。だからいつでも食べられるように販売して欲しいのよね」
「うん。僕、ニコルさんのケチャップだ~い好き」
母さんの援護を受け、全力で無邪気な可愛い少年を演じてみた。
ニコルさんの白けた目線が痛い。他の参加者たちもざわついている。その反応はちょっと酷くない?
「あ~。ニコルさんがお忙しいようなら、調理法を教えていただければこちらで準備します。売り上げの一部をニコルさんに渡しますので、少し相談させてください」
状況を理解した父さんがニコルさんに交渉を持ちかける。ニコルさんはまだ納得していない。
「瓶詰はやり方を間違えると直ぐに腐って食べられなくなります。適当な方法でやられると患者が増えて困ります」
「はい、家中の者にしっかりとやり方を徹底させます。もう一度応接室で話を聞かせてください」
父さんの熱量に押され、渋々と言った様子でニコルさんが応接室に戻っていく。よかった、交渉する気になったようだ。
「あれ、皆さんも行くんですか?」
父さんとニコルさんに続いて参加者皆の足が応接室に向かう。
「ニコルさんの言う瓶詰の方法が気になるので。私達もジャムや野菜の酢漬けなどを瓶詰で販売してますから」
ジャム屋の店長さんがそう答える。アイスクリーム屋の店長は彼女の付き添いかな。
「去年ケチャップを頂いてから旦那も作ってみたけどあの味にならないのよ。手数料を払ってでも秘訣を聞いておかないと旦那に怒られるわ」
料理バカの妻も大変なのよ、とエマさんのお母さんが笑っている。エマさんもその料理バカになりそうですねと俺も笑ってしまう。
魚人族の店主はケチャップを口にしたことが無く、皆が行くならって感じだった。
「ケチャップ美味しいですよ。魚介料理でケチャップってあまり思いつきませんが、フライなら食材によっては合うと思います」
俺の言葉を聞いて興味を持ったようで、軽い足取りで応接室に向かった。会議に嫌々参加するのは苦痛だよね。
「今日もまた、ゲオルグのおかげでこの世界に新しい風が吹いたわね。ゲオルグが立派な風魔導師に育って、母さんは嬉しいわ。さすが“暴風”の息子ね」
ぐえ。
ぎゅっと抱きしめないで。ぐ、ぐるじぃ。
ニコルさんからの情報提供を得て、我がフリーグ家で瓶詰ケチャップを量産し、誕生祭で販売することになった。
売り上げのいくらかは診療所の経営費用に回される。さすがにどれくらいニコルさんに渡すのかは教えてもらえなかった。
誕生祭後はジャム屋の店頭に置かせてもらう予定。
そのうちジャム屋さんが事業を拡大したら、製造も任せる事になる。
でもアイスの店長と結婚する事でジャム屋はヴルツェルフリーグ家に取り込まれるかもね。
そうなったら親父の力を使って国中に売りさばく、と父さんは宣言していた。
鷹揚亭と魚人族の店主には、レシピを売ったようだ。他の人にレシピを広めないこととフリーグ男爵家が売るケチャップを宣伝することが条件だ。鷹揚亭は二つ返事で購入し、魚人族はニコルさんがパパッと作ったケチャップを味見して決めていた。
「また私の忠告を無視して、目立つ行動を取ったね。もう一度私独りに戻るのは嫌だから、ほんとに気を付けてよ」
去り際、哀しい顔をしたニコルさんに怒られてしまった。あんまり2人で転生前の話はしないけど、そういう風に思ってくれるのは嬉しいな。
「ただいまぁ。青のり唐揚げ美味しかったぁ。でもエステルはダメだったみたい」
会議参加者と入れ替わるように姉さんたちが鷹揚亭から帰って来た。
「私には塩っ気が強すぎました。海という物に慣れない人にはきついと思います。何も手を加えてない唐揚げは美味しかったです」
「え、そうか、磯の香りがきついのか。じゃあ代わりに香草とか入れるとどうだろう。パセリとかニンニクも良いと思うけど。陸の物ならエステルさんも楽しめるんじゃないかな」
エステルさんが青のりは苦手だと聞いて、思わず代替案を口走った。
「なにそれ、おいしそうだね。今晩作ってもらうよう料理長に頼んでくる」
しまった。ニコルさんに怒られたばかりなのに。
で、でも大したことないよね?
これで青のりの時みたいにハーブが品薄になるとか、そんなことはないと思いたい。




