第46話 俺は父親から証言を聞く
「ただいまぁ」
エマさんの声に続いて鷹揚亭に入店する。夕食時が近づき店内は少し賑やかになっていた。
「おかえり」
仕事の手を止めずにお母さんが返事をする。
「柑橘類は無かったんですが、代わりに別の物を買ってきました」
お母さんに伝えた俺の言葉に、こっちに来てくれとお父さんが厨房から反応する。
エマさんは着替えて来るねと言って居住スペースに引っ込んで行った。
「すみません、提案した柑橘類は8月にならないと出回らないそうです。代わりに船着場へ行って青のり粉を買ってきました」
ルトガーさんありがとう。ルトガーさんから荷物を受け取って厨房に並べる。
「また沢山買ってきたね。これは海藻かな。魚はよく買いに行くけど、海藻は買ったことなかったかも」
お父さんが青のり粉を手に取り、匂いを嗅ぎ、口に含む。
「若い頃に海辺の町で食べた料理を思い出す。いい香りだね」
「海藻は海の成分を吸収するんで磯の香りがするんですよ。俺もこの香りは好きです。魚人族は生の海藻をそのまま食べたり、スープに入れたりして食べているらしいです。これは乾燥して粉状にしたものですが、唐揚げ衣に少し混ぜると風味が変わってオススメです。フライドポテトに振り掛けるのも美味しいですよ
俺も少し青のり粉を摘んで口に放り込む。うん、いい香りが鼻から抜けていく。
「なるほど。混雑し始める前に作ってみよう。試食していってね」
お父さんが唐揚げの用意を始める。厨房を出る前にちょっと聞いておきたいことがあるんだ。
「エマさんが火魔法と水魔法しか使えないって聞いたんですが、本当ですか?」
お父さんに聞くことじゃないかもしれないけど、昔からエマさんを知る誰かに確認しておきたかった。
「そうだよ。僕も火魔法しか使えないから気にしないでと言ってきたんだけど、母親や兄達が土も風も使えるから悩んでたんだ。水魔法を覚えてから凄く明るくなったんだよ。水魔法を教えてくれたアリーちゃんにはとても感謝してる」
そうか、お父さんも船着場で2人のやり取りを見ていたんだよね。エマさんが後に姉さんを連れて来た時に、あの時のって気付くか。
そして火魔法しか使えなかったのは父親譲りということか。遺伝なのかな?
「お父さんは水魔法は使えないんですか?」
「今更新しい魔法を覚えようとは思わないから練習をしたことがないんだ。エマがすんなり水魔法を覚えられたのはきっと成長過程の子供だったからだよ。料理人には多彩な魔法は必要ないからね。エマには僕と一緒に料理をやって欲しかったけど、魔法の才能があるなら別の仕事を目指すのもいい。他の子達はそうしているからね」
お父さんの調理の手際を見ながらそんな話をしていると、着替えたエマさんが厨房に現れた。
普段着も良いけどそういう仕事着も素敵ですね。
「あ、もう調理始めてる。青のり粉をどうやって使うのか見たかったのに」
「まだ鶏肉を切って下味をつけただけだよ。青のり粉は衣に混ぜるんだ。もう少し混み始めるまでエマはゲオルグ君達と席に座っていていいよ」
「私は新しい料理が気になるの。将来はお父さんと一緒に厨房に立つんだから。私はこっちで調理していていいよね?」
「はい、エマさんの手料理楽しみです」
エマさんに笑顔で問いかけられて、反射で答えてしまった。言った後に恥ずかしさが込み上げてくる。
「じゃ、じゃあ僕らは空いている席に座ってますので」
逃げるように厨房を出る。なんだか喉が渇いたな。お金払うから何か飲み物を注文させてもらおう。
それにしてもエマさんの言葉を聞いたお父さんは良い顔をしていたな。一緒に働きたいと言われて嬉しかったんだろう。
そうかぁ。エマさんの旦那は鷹揚亭を継ぐ人になるんだな。
夕飯時になり、本格的に忙しくなる前に俺達は退店した。
「青のり唐揚げ美味しかったですね。母さんが帰って来たら作ってもらおうかな」
マリーがホクホクの笑顔で味を振り返っている。今日は何となく機嫌が悪そうだったけど、今はいい笑顔だ。
お腹が空いていたのかな。長く一緒に住んでいたけど自分の家じゃないもんね。食事量に不満があっても文句を言い辛いか。
「何か失礼なこと考えていません?」
顔を覗き込んでそう言ってくる。
「あー。言い辛いのかもしれないけどお腹空いてるなら我慢しない方がいいよ。俺に言ってくれたら食事の量を増やすように料理長へ進言す、あいたっ」
「あらごめんなさい。またふらついてしまいました。おなかが空いていたからですかね」
今日一番の激痛が左足を襲う。直ぐに治るから良いけど痛いは痛いんだぞ。
「今日は料理長に頼んで青のり粉を使った料理を沢山作ってもらいましょう。ゲオルグ様が仰っていたフライドポテトに青のり粉を振りかけるのも食してみたいですね」
ルトガーさんも青のり粉が気に入ったみたいだ。
「お金は持って来てたんで、1杯くらいならお酒を注文しても良かったんですが。青のり唐揚げはお酒にも合うと思いますよ」
「ゲオルグ様の護衛ですので、店主の御好意で1杯目は頂きましたが、あまりお酒を飲むのもどうかと。それに恐らく夜中にはもう一度あのお店を訪れる事になるでしょうから。料理長に作ってもらった青のり料理の話をしながら、お酒を頂くことになると思います」
ああ、それもそうか。母さんが外出中だからね。
案の定夜中に鷹揚亭から使いがやって来た。準備万端で待っていたルトガーさんが使いの人と一緒に家を出る。
青のり粉を使用したフライドポテトやポテトサラダを手土産に。いつも父さんが迷惑をかけているお詫びだ。
母さんの圧力が無くなると、父さんは決まって飲み過ぎるんだ。




