第44話 俺はエマさんの演技を魅入る
唐揚げの食べ方で盛り上がっていると、お店の奥からエマさんがやって来た。
「ゲオルグ君、マリーちゃんこんにちは。あ、ルトガーさんがお酒を飲んでゆっくりしているなんて珍しいですね」
俺達のテーブルを見るなり目敏くお酒に気付く。エマさんにまでそんな事を言われるなんて、普段父さんとルトガーさんは何をやってるんだ。
「唐揚げの試食をしてもらったんだ。ルトガーさんにはお酒と唐揚げの相性を試してもらっていた。さっき聞いた話を試してみるから、また食べに来てよ」
そう言うとお父さんはエマさんを残して厨房に戻っていった。
カウンターに座っているお客さんが唐揚げを注文している。結構騒いじゃったから、どんな食べ物なのか気になるよね。
「お父さんとどんな話をしたの?」
「唐揚げの味付けの話ですよ。柑橘系の果汁を絞るとか、辛味を足してみるとか。後は鶏肉の部位によって色々試してみるって話です。ね、ゲオルグ様」
あ、はい。その通りです。俺が口を開くよりも早くマリーが答えてしまった。
「へぇ、美味しそう。いつもありがとね。おかげでお店も繁盛してるし、安心して学校に通えるわ」
エマさんが俺に深々と頭を下げてお礼を言って来る。構わん、近う寄れ。
「エマさん、今日は魔力検査の技能試験でどんな魔法を使ったか見せてほしくて来ました。私達、次の3月で試験なんで是非参考にさせてください」
マリーが積極的に会話を進める。
そんなにエマさんの魔法を見たいの?
もう少し殿様ごっこをさせて欲しかった。
「見せるのは構わないけど、本気でやる場所が無くて。昔は夜中にお店の中で練習していたけど、深夜まで待たせるのはダメだよね」
そうなんだ。確かにテーブルや椅子を片付ければ割と広いよね。じゃあ、うちでやるのは。
「ソゾンさんの鍛冶屋なら工房は広いし、裏庭も有りますよ。そこにしませんか?」
俺が提案するよりも早く、マリーが鍛冶屋をオススメした。そんな埃まみれの場所にエマさんが行くわけないでしょ。
「ソゾンさんってアリーの師匠ね。アリーからよく話を聞いていて、いつか会いに行きたいと思ってたのよ。この機会に連れて行ってもらおうかな」
あら、意外とノリ気に。でもでも、それなら姉さんと一緒の時の方が。
「エマ、外に行くなら市場に行って柑橘類を幾つか買って来て欲しい。無かったら無理しなくて良いから」
お父さんが外出を許可した。お母さんがエマさんにお金を渡している。どうやら鍛冶屋で決定したらしい。
7月って柑橘類の収穫には微妙な時期な気がする。カボスやスダチは夏の終わり頃からだった気が。前世では秋刀魚にスダチを絞って食べてたな。レモンは冬だしなぁ。
「ゲオルグ様、行かないなら置いて行きますよ」
色々な柑橘類を思い出していると、マリーに声を掛けられた。もうお店の出口に向かって3人で歩き出している。ちょっと待ってよ。
お父さんとお母さんにご馳走様でしたと伝える。夕方の忙しくなる前には戻ります。
いってらっしゃいと言う言葉を背に、俺は3人を追いかけた。ちょっと歩くの速くない?
エマさんの希望で先に市場へ向かう
市場を一通り巡って柑橘系の果物を探したが、めぼしい物は無かった。
青果店は何店かあったけど、どのお店の店員さんも8月末にならないとカボスもスダチも入荷しないと言っている。ていうかあるんだな。俺が今まで気にしていなかっただけか。
そんな中、エマさんは桃を幾つか購入していた。自分用かな。俺も桃好きだよ。
「ソゾンさんへの手土産ですか。気が利きますね」
しまった、そっちか。自分用を買う訳ないじゃないか。マリーの方がエマさんの意図を理解している。
戸惑っていると、荷物持ちましょうかと言うパワーワードもルトガーさんに取られてしまった。
「大丈夫ですよ。それじゃあ鍛冶屋に行きましょうか」
今更俺がとも言えないし、道案内に徹しよう。
柑橘類も買えなかったし、何か考えないとな。
鍛冶屋に行き、ソゾンさんとヤーナさんにエマさんを紹介した。
「はじめまして、エマと言います。お二人の事はアリーからよく聞いています。これはつまらない物ですが」
「今日はエマさんの魔法を見せてもらおうと思いまして。工房か裏庭を少し貸してください」
桃を渡すエマさんに続いて、マリーがここに来た理由を説明する。
お二人の了承を得て工房に向かう。工房で広さは十分だったみたい。ソゾンさんが1人で使うには無駄に広い設計だもんね。
あ、失敗作の自転車がそのままになってる。なんとかしてあれに注目されないようにしないと。
「エマさん、魔法を当てる的はこんな感じで良いですか?」
俺が1人で慌てている間に、マリーが4つの土塊を出現させ、空中でランダムに動かし始めた。
「もうちょっと不規則に動かして。そう、それで速度を速めて。あ、それくらいで」
恐らく検査時の的の動きを再現してくれたんだろうが、マリー1人でやるには大変そうだ。
「的は儂が変わってやろう」
ソゾンさんありがとう。これでマリーもエマさんの演技に集中できる。
「では、行きます」
そう宣言すると、エマさんは右の掌にフッと優しく息を吹き掛ける。
その息に反応して、右手から小さな泡が多数飛び出して来た。
子供が良くやるシャボン玉のように出現したその泡は、エマさんの胸の辺りの高さで、周囲をグルグルと飛び回る。
今度は左手を使って同じような動作。
同様に出現した泡も回転軌道に乗ろうとするが、最初の泡と速度が異なるため衝突する。
衝突した泡は破裂する事なく相手を取り込み大きくなり、元の速度で周回を続けている。
エマさんはその場でゆっくりと回転し、手を動かして泡の動きを調節している。
泡に囲まれて踊っているようにも見えた。
最初は小さな泡が無数に存在していただけだったが、衝突を繰り返すうちに大きくなり、最終的には8個の大きさが異なる泡が、お互いぶつかる事のない軌道上で安定した。
その水泡が、太陽の周りを周回軌道する惑星に見えた。つまり中心で踊っているエマさんは太陽で。
「綺麗だ」
ポロッと言葉にした瞬間、マリーに足を踏まれた。




