第40話 俺は自転車の製作に失敗する
金属魔法を教え始めて2日後、ソゾンさんの言った通りレベッカさんは基礎を覚える事が出来た。
炉を使わずに鉄や銅を変形させ、必要な形に形成する。これが基礎らしい。これだけでもう何でも作れる気がするね。
「次は溶接じゃな。金属同士を接合する。慣れると他の金属同士でもくっつけられるが、まずは鉄じゃな」
ソゾンさんの言葉を聞いて、姉さんがお手本を披露する。
明日からマチューさんの護衛に出発する姉さんは、今日で全部教えると言って張り切っていた。
「アリーの魔法を見てわかったと思うが、躊躇わずに一息でやるのがコツじゃ。戸惑っていたらムラになりやすい。ムラになるとその部分が弱くなって耐久力が落ちる。なるべく一本の連なりになるよう想像するんじゃ」
今度はマリーがお手本を見せる。姉さんの速度ではレベッカさんの目が追い付かないと判断したのか、ゆっくりと金属を動かして溶接の工程を進める。速度が遅いだけで、躊躇いは感じない。
レベッカさんもやってみるが、まず金属を部分的に溶解させる事が出来なかった。金属が全く溶けないか、やり過ぎて全体を溶かしてしまう。姉さん達は難なくこなしていたけど、力の調節が難しいのかな。
「最初は火魔法も併用して部分的に溶かす感覚を覚えた方が良いかもしれませんね」
苦戦するレベッカさんにマリーが提案する。
「浮遊魔法で金属を浮かせながら、金属魔法の練習をしているんだよ。更に追加で火魔法も使うなんて無理だよ」
3種の魔法を同時に扱う事が出来ないとレベッカさんが訴えた。
「え、そんなことないよ」
訴えを棄却した姉さんが証拠を見せる。
金属を浮かせ、金属を変形させながら、その周りに小さな火球を浮かせる。ついでに自分も空中にふわふわと浮いて見せた。
「更に水魔法も土魔法も使えるけど、見る?」
自信満々にそう告げた姉さんに、すみませんでしたとレベッカさんが首を垂れる。
マリーも出来るのかな。
俺の視線を感じたのか、マリーも姉さんと同じ事をやって見せた。
つい拍手を送ったら、何で私にはないのと姉さんに文句を言われた。姉さんが凄いのは知ってるから、許して。
何とか姉さんを宥め賺し、ソゾンさんの側に避難した。姉さんは気が済んだようで、レベッカさんの指導に戻っている。もう姉さんの前で不用意に拍手出来ないな。
「ソゾンさんはどうやって金属を浮かせてるんですか?」
風魔法が使えないソゾンさんだが、大きな金属を動かす時は空中でやっている事がある。風魔法が使えないと浮遊魔法も使えないという俺の認識が間違っているんだろうか。
「魔法の習熟するとその属性の物は浮かせられるようになるのを知らんのか?」
え、そうなの?
「さっきアリーが自分の周りに火球を浮かせてたじゃろ。土魔法では土塊を浮かせられるし、水魔法でもそうじゃ。金属魔法で出来ない理由は無い」
「それならソゾンさんが金属の全身鎧を着込んだら、金属魔法で空を飛べるんですか?」
「出来るがそれをやる利点が無い。無駄に魔力を消費するだけじゃし、鎧が脱げて落ちたら大変じゃ。落としても壊れない物を運ぶ時は金属魔法で浮遊させる事はあるがな」
そっか、自分自身を浮かせるなら風魔法に比べたら劣るよな。でも金属板の上に乗って金属魔法で浮かせたら、魔法の絨毯ならぬ魔法の金属板だね。手摺りとか付けたら乗り物として機能出来るか。これってもはや飛行機なんじゃない?
「そんなことよりも、あの自転車は今後どうするつもりじゃ?」
壁に立て掛けられた自転車を指差し、ソゾンさんがそう言って来た。
思考の沼に沈んでいた俺はソゾンさんの言葉で我に返り、自転車に目を向ける。
自転車の特徴を伝え、ソゾンさんに作ってもらった品だ。金属魔法を教える教材になるからと無料で作ってくれた。
しかし、あれは失敗作だ。
まず、重い。
全て鉄製にしてもらったら重くなり過ぎた。地球での素材は何だろう。カーボンとかかな。どういう物か説明出来ないから作るが出来ない。
ペダルを漕げば前に進むんだが、重いと慣性が働いて発進しづらいし止まり辛くなる。
両輪にタイヤを挟んで止める形のブレーキを付けてもらったが、金属同士が擦れ合って物凄い音がした。これはちょっとなと言う事で、間に丈夫な革を挟んだ。甲高い音はしなくなったが、ブレーキの効き具合も多少落ちた。
止まれない自転車は怖いよね。王都には坂道は無いけど、そう言ったところで乗るのは怖過ぎる。
そして、これは馬車でも同じだけど、振動が辛い。
サドルは布や革を厚めに重ねてお尻を保護したが、それでも振動が辛い。
ゴム製のタイヤが無いのが1番の理由。王都の路上で試乗したが、石畳で舗装された道と金属タイヤは相性が悪かった。馬車みたいに木製のタイヤにした方がいいのかな。
最後に、これが1番大きな問題だが、王都の人混みでは自転車に乗れない。
皆初めて見る自転車に興味津々で近寄って来る。ぶつかると危ないと言う認識が無いから避けないし、こっちもブレーキが効き辛いから歩いた方が速いくらいの速度しか出せない。
狭い路地だと結局押して歩く事になる。
大通りは頻繁に行き交う馬車が怖くて乗り出せなかった。何かの拍子に倒れて、そこに馬車が来たらと思うと怖いよね。
その辺の懸念をソゾンさんに伝えた。
「重さと振動は何とかなるが、王都民全体が自転車という存在を認知しないと乗り辛いか。最初は人の少ない地方から広めた方がいいな。それと、倒れる心配をするなら三輪か四輪にしたらどうじゃ。構造的に二輪に拘る理由がわからん」
「車輪が少ない方が小回りが利きます。狭い所を通るなら二輪の方がいいでしょうね」
それくらいしか利点が思い付かない。
「とりあえず3輪の自転車も作ってみるか。車輪の大きさを小さくして重心落とした方が安定するじゃろうし、魔石が手に入るまで色々やってみるぞ。あんまり高性能の自転車を作ったら、商業ギルドから苦情が来るかもな。馬車の貸し出しが減ると困るじゃろうし」
どうかな。自転車は1人用だから馬車と棲み分けが出来そうな気もする。
馬に引っ張ってもらう方が楽だし。
馬の世話とか大変そうだけど。
ソゾンさんと自転車の未来を考えていると、歓声が聞こえた。
どうやらレベッカさんが初めて溶接に成功したようだ。
確認したソゾンさんは40点と辛口な評価をしたが、レベッカさんは充実した顔をしていた。
充分な成長速度だと俺も思うよ。




