第36話 俺は競艇の話を耳にする
冒険者ギルドでの用事を終え、船着場に向かう。
もう少しでお昼だから、ついでに魚人族の料理屋で食事して帰ろうかな。
船着場では皆忙しそうに仕事をしていた。親方も休まず働いているようだ。
邪魔をしないように端っこで様子を見る。姉さんなら手伝いに行くんだろうな。
「ゲオルグ君じゃないか、久しぶりだね」
ぼーっと人の流れを見ていると、魚人族の少年が声をかけてきた。昔姉さんとよく遊んでいた魚人族の1人だ。
魚人族は子供の頃から船着場で暮らし仕事を学んでいくから、子供に聞いても船着場の事はだいたい分かるはず。
「こんにちは、ミルコさん。親方に用事があるんですけど、もう少しで休憩になりますかね」
「そうだね、あの荷卸ししている船で午前中は最後のはずだから」
「ありがとうございます。暫く待ってますね」
「そういえば8月末にボーデンで高速船を使った競艇が行われる話が出てるらしいね。その話って本当なの?」
「いえ、聞いてません。どうして俺に確認するんですか?」
ボーデンと言うと、ヴルツェルの爺さんと仲の良いボーデン公爵の領都だな。
「だって船外機の発案者じゃないか。魚人族の中ではアリーに次いで注目されている人族なのを自覚した方が良いよ」
「そう言われると恐縮しますね、俺1人で作った物じゃないので。それに競艇の開催には発案者は関わらないと思います」
「そうかな。僕が主催者だったらゲオルグ君に新しい船外機を作ってもらって、自分の有利になるよう調節するけど。そういうことで、新しい船外機を作ってないの?」
そういうことってどういうことよ。ミルコさんが新型の船外機で競艇に参加したいって話かな。
「作ってませんし、船外機の差が大きすぎたら見てる方はつまらないでしょ」
「確かにそうかもね。自分が勝つことばかり考えて観客の事を気にしてなかった。そうなると操船技術だけで勝負か。ありがとう、参考になったよ。俺は仕事に戻るからゆっくりしていってね」
ミルコさんは機嫌良さげに立ち去って行った。世間話程度で、特に船外機には期待していなかったのかもしれない。
ボーデン公爵に船外機を売ったのが2月か3月。たしかその時に街の外堀でレースをするって言ってたはずだ。武闘大会で挨拶した時は何も言われなかったけど、計画は進んでいたのかな。
それから暫く親方の仕事終わりを待っていたが、色々な魚人族に話しかけられた。
その内容は全部競艇の話。
本当に開催するのか、新しい船外機はないのか、新しい動力は、新しい船は。賭けはやるのか。皆興味のある所が少しずつ違うけど、皆競艇に興味津々だった。知らないと言うのが心苦しくなるくらい。
でも、知らないんだよなぁ。申し訳ない。
「ははは、それは大変だったな。それだけ皆楽しみにしているんだ。本当に何も聞いてないのか?」
「知りませんよ。親方の方が何か知ってるんじゃないですか?」
ようやく休憩になった親方に、チクリと苦情を伝える。
「まあ俺は公爵と知り合いだからな、色々耳に入ることもある。俺が知ってるのは内緒だぞ」
次に誰かに聞かれたら、親方に聞けばって言ってやろうかな。
「で、俺に話って何だ?」
「急で申し訳ないんですが、電撃アンコウの魔石が欲しいんです。手に入りますか?」
「時間をかければ手に入れられるが、新しい船外機用か?」
「違います。ちょっとした実験用です。魔石の確保、お願いします」
「おう、網に掛かるのを待つだけでいいなら格安でやってやるぞ。なかなか掛からないと思うが」
「これくらいの依頼額で、出来るだけ早く6個揃えてください」
冒険者ギルドの報酬額を親方に提示する。ソゾンさんの分も纏めて頼んじゃって良いよね。
「そんなにもらって良いのか。それなら若い者を何人か派遣して捕獲させよう。10日くらいで帰って来れると思うぞ」
「ありがとうございます。これから冒険者ギルドに戻って依頼を解約して来ます。万が一もう誰かが依頼を受けていたら、この話は無かったことに」
「ああ、ギルドに依頼を出していたのか。今は冒険者専門でやってる魚人族が出払っているからな。時期が悪かったな」
「親方は出払っている理由を知ってるんですか?」
「まあな。王都に住む魚人族で知らない奴はいないし、何をやっているのかは耳に入って来る。どうせ電撃アンコウは魚人族以外には捕獲出来ないから急いでギルドに戻らなくてもいいだろ。一緒に昼飯を食べよう」
親方はそう話を切って俺達を昼飯に誘った。
もしかしてボーデン公爵の所に派遣してるのかな。急に話を変えすぎて怪しすぎる。
でも不用意に首を突っ込んだら変なこと頼まれそうだし、止めておこう。
ラインハルトさん達に係わったことを後悔したばかりだしね。




