第5話 俺は姉さんを心配する
屋根に登って街を見下ろしていた俺たちの時間は、早々に門番に見つかって終わりを告げた。
上で騒いでいた声が聞こえたのかもしれない。門番なんだから入口を見張っておけばいいのに。上空も見張るなんて仕事熱心。
空を飛んで敷地内に入ってくるって敵対勢力だと思う。王都でもそういうことがあるのかな。
見つかってしまった俺たちは素直に屋根から降りた。まあ俺とマリーは何も出来ないから、姉さんの判断だけど。
上昇する時と同じくらいゆっくり下降する。俺たち2人がマルテに抱きかかえられるまで、姉さんは真面目な顔をしていた。あんまり見ない顔、新鮮だね。
マリーは屋根の上では落ち着いていたのに、降りる時にまた泣き顔になった。まあ直ぐに慣れろっていうのも酷だよね。
俺は貴重な経験だったと思っている。機会があればまた連れて行って欲しい。マリーはどうだろう。もう嫌だって言うかもしれない。
次の機会があればいいけど、多分姉さんは怒られるだろう。マルテにも協力してもらって安全には配慮していた節はあるけど、危険には変わりないよね。
怒られて萎縮しないといいけど。ああ見えて打たれ弱そうだからな、姉さんは。
その日以来、姉さんは部屋に来なくなった。
屋根に登ったことで怒られたからだと思う。
屋根に登った日、マルテが使用人の人に怒鳴られていた。俺は眠っていてその大きな声で起きたんだけど、何が起こっているのか分からないうちに使用人は出て行ってしまった。屋根に登ってた件で怒っていたんだと思う。
そして姉さんも同じように怒られたのかな。
俺は怪我をしてもすぐ治るから大丈夫だけど、そんなこと他のみんなには分からないもんね。心配して怒るのは当然か。マリーも一緒だったし。
でもなぁ、姉さんが来なくなったのは寂しい。怪我したり火傷を負ったりしたこともあるけど、姉さんの魔法が好きだった。姉さんの笑顔も。また来てほしいな。
マルテに訴えてみようか。伝わるといいけど。
「あーあ、あーあ」
どうだ?通じるかな。姉さんの名前、アリーってちょっと難しいんだよな。ラ行の舌の動きができない。
ダメだ。頭を撫でられた。
そうじゃない、と言う意思を込めて、マルテの手を払う。もう一度言うぞ。
「あーあ、あーあ」
おやつが欲しいんじゃないんだよ。食べるけどね。甘くて美味しい。
んー、伝わらない。いくら名前に含まれていると言っても、あ、だけじゃ無理か。
よし、今度は扉まで移動して訴えかけてやる。俺の目的は部屋の外にあるんだ。
掴まり立ちは時間がかかるから、ハイハイで移動だ。立って歩けるようになると後ろ足が発達するのか、ハイハイのスピードも上がった。もはや室内など狭い狭い。
俺は扉を叩きながら声を出す。ここから出せー、と気持ちを込める。
「あーあ、あーあ」
扉が開くまで声出しを止めない。
言いたいことが伝わったのか、マルテが扉を開けてくれた。お?そのままハイハイで進んでも?
ちらっとマルテを見上げると、ニコッと笑って答えてくれた。よし、行くぞ。
この前裏庭まで行った経路は覚えている。姉さんは何処に居るんだろう。取り敢えず裏庭まで行ってみるか。
ふぅ、ふぅ、マルテに抱かれていたらすぐ着いたのに、ハイハイだと時間がかかる。ダメだ、マルテに抱っこしてもらおう。
マルテに両手を差し出して訴える。すみません、抱き上げて下さい。
これは直ぐに通じるんだ。抱っこして欲しい時はいつもこうやっているからね。ありがとう、マルテ。
行って欲しい方に手を伸ばして、巨大マルテロボを操作する。あっという間に裏庭に着いた。でも誰も居ないね。
屋根の方に向かって手を伸ばしてみようか。いい景色だった。マルテは見たことある?
「ゲオルグ」
名前を呼ばれて、伸ばした手を降ろされた。そうか、ダメか。これも最近意思疎通出来るようになったことの1つ。
姉さんも居ないし、屋根にも行けない。よし、他のところへ行こう。ここに来る間も部屋がいっぱいあったからね。そこを覗いてみよう。
再びマルテを操作して移動を開始する。取り敢えず扉があったら、手を伸ばしてそっちに行きたいと訴える。
行けるところ、行けないところがあった。行けなかったところは個人の部屋だろうか。行ったところは大きな食堂と調理場にトイレ。ここは応接室かな。父さんと母さんと、今より小さい姉さんが描かれた絵画がある。
これだ。絵画に向けて手を伸ばす。
「あーあ、あーあ」
両親の間に立ち、満面の笑顔で描かれている姉さんに向かって。気付いてくれ、マルテ。
「アリー?」
マルテが姉さんの名前を言う。すかさず右手を天高く伸ばす。これは正解の合図。分かってるよね、マルテ。
マルテが応接間を出る。廊下を進んで、ある部屋の前に来た。ここはお風呂場?
中に入ると、姉さんがいた。それと怒っていた使用人の人も。2人とも頭から水を被ったようにずぶ濡れ。湯船に薄く水が張ってある。お風呂に入っている感じじゃないけど、何をやっているの?
使用人さんが魔法を使う。湯船内から玉が浮き上がってきた。あれは水?
姉さんも同じように魔法を使おうとするが水面が波打つだけ。まだ水を使う魔法は出来ないようだ。
魔法の練習をしていたのか。怒っていた使用人さんとも仲良くやっているようだ。
心配しなくても良かったかな。邪魔しちゃ悪いから帰ろうか。
あんなに色々な魔法が出来るのに、まだ新しい魔法を覚えようとしている姉さんは尊敬する。
俺も早く魔法を使いたい。




