第14話 俺は魔剣の力を無効化する
魔吸と呼ばれる魔剣を手にした俺だが、特に何も感じない。
魔力を吸われる感覚ってどんな感じだろう。
「剣を握っている手が何かに引っ張られるような感覚ないかな。お風呂の栓を抜いて、水が流れていくところに手を置いた感じなんだけど。お風呂の穴に手が吸い込まれていくの、分かる?」
それは分かるよ、分かるけど。
姉さんの後ろでアンナさんが怒っているよ。お風呂の栓を抜いて遊ぶんじゃないって。
「そんな吸い込まれていく感じは無いな。ほんとにこの剣が魔力を吸い取るの?」
アンナさんに捕まって怒られている姉さんは置いといて、ソゾンさんに疑問を伝える。
「ふむ。なんで魔吸が反応しないのか分からんのぅ。ちょっとゲオルグを解剖して調べてみようか」
ソゾンさんが俺に向かって手を伸ばすと、母さんが勢いよく後方に飛び退いた。
ぐえ。
母さんの急制動に付いて行けない俺の体が悲鳴を上げる。そろそろ降ろしてほしい。
「解剖は冗談じゃ。ゲオルグ、剣を渡しなさい」
母さんが一歩前に出て俺をソゾンさんに近づける。降ろす気は無いんだな。
母さんに抱かれたまま、ソゾンさんの伸ばされた手に剣を渡す。
「剣の方は異常無いな。きちんと魔力を吸い上げておる。ということは、問題はゲオルグということじゃ」
剣の機能がおかしくなった訳じゃないとソゾンさんが断言する。
剣はソゾンさんが持っていた鞄に大事そうに仕舞われた。鍵をかけ大事そうに抱えている。なんとなく大金をジュラルミンケースに収めている姿が思い浮かんだ。
「ゲオルグのどこに問題があるのよ、こんなに可愛いのに」
母さんがソゾンさんに牙を剥いている。それよりも可愛いって言うのは恥ずかしいから止めて欲しい。
「生き物は生命活動の中で大気中の魔力を取り込み、大なり小なり自然と魔力を放出するものじゃ。この魔剣はその漏れ出た魔力を強制的に吸い上げて力にする。つまり、ゲオルグは全く魔力を放出していないということじゃな」
アンナさんと言い合いをしていた姉さんも珍しく黙ってソゾンさんの話を聞いている。
「放出していない理由は分からん。魔力を取り込んで放出するまでのどこかで、魔力の流れが止まっているんじゃろうな。だからゲオルグは魔法を使えないんじゃ」
まあそういう考えになるよね。俺の場合は魔力がすべて治癒魔法に使われているからってことなんだけど。
そう言えば最近怪我とかしてないけど、魔力は何処かで貯められているのかな。それとも俺の知らないうちに小さな怪我や病気が治っているのかもしれない。
「じゃあゲオルグはずっと魔法を使えないの?」
黙っていた姉さんが遂に口を挿む。でもそれは俺も知りたい話だ。
「さあ、分からん。過去にも魔法を使えない者は複数居たが、その者達は死ぬまで魔法が使えなかったそうじゃ。しかしゲオルグがその例に当てはまるかどうかは分からんからのぅ」
あ、逃げたな。厳しい目で睨みつけている姉さんと母さん、更にマリーの迫力に押されてはぐらかした。みんなの行動は嬉しいんだけど、魔法が使えないのはソゾンさんのせいじゃないからね。
「あんまりソゾンさんを虐めちゃだめだよ。俺が魔法を使えないのは事実なんだから」
「ゲオルグはそれで納得しているの?」
俺の顔を覗き込んだ母さんが何とも言えない顔をしている。悲しんでくれているのか、悔しがっているのか。
「納得はしてない。俺も皆みたいに魔法を使いたい。だから、色々考えている。いつか魔法を使ってみせるよ。俺は“暴風”と“土葬”の息子で、魔力検査歴代1位の弟なんだから」
ぐえ。
折角かっこよく決めようとしたのに、母さんが力いっぱい締め付けてきたせいで変な声が出てしまった。姉さんも飛びついて来て、もはや身動きが完全に封じられた。
はいはい。マルテも、アンナさんも、ジークも、マリーも、皆俺の力になってくれてるよ。
だからそんな口々に声を出さないでくれ。
ほら、ソゾンさんも呆れているよ。
あ、ソゾンさんにも助けられています。いつもありがとう。
「げ、げおるぐぅぅ。父さんはいつでもお前の味方だぞぅ」
ぐえ。
顔をくしゃくしゃにした父さんが俺達3人を纏めて抱きしめた。
いつの間に控室に入って来たんだ。ちょっと待って、鼻水はやめて。
俺に鼻水をなすりつけた父さんが母さんに撃退された後、クルトさんが入室してきた。
「そろそろ競技場の鍵を閉めますが、今日はここに泊まる気ですか?」
おっともうそんな時間なんか。夜でも訓練したい人はいるだろうから開放してあげればいいのにね。
「東方伯はもう帰った?」
姉さんが天敵に対し警戒を見せる。この二人の関係はいつか改善するんだろうか。
東方伯にも力を借りている。この武闘大会も東方伯の大きな力が必要だった。
今後の関係も考えて、仲良くしてくれると助かるんだけど。
「むり」
端的に拒絶する姉さんの顔は、さっき抱きついてきた父さんの顔より酷くなっていた。




