第12話 俺は魔導師の戦い方を観て学ぶ
母さんとアンナさんの殴り合いが始まった。
飛行魔法を使用せず、足を止めて地上で殴りあう。
ただし、2人の拳は魔法で強化されているようだ。遠くの観客席からも、拳が何かに覆われていることに気付けるだろう。
襲い掛かってくる拳に自らの拳を合わせ、魔法を打ち消しあっている。拳がかち合う度に音と振動が周囲に広がる。
激しい戦いの中で打消し切れず、母さんの右ストレートがアンナさんの頬をかすめる。頬が引き裂かれ血飛沫が飛ぶ。
アンナさんは怯むことなく伸びきった右腕を掻い潜って懐に飛び込み、右拳を母さんの腹部に叩き込んだ。
拳を受けた母さんの体がくの字に曲がる。その状態でアンナさんが水魔法を放ち、母さんの体が浮き後方に飛ばされた。
しかし同時にアンナさんが切り刻まれ、見た目に派手なダメージを受ける。お互いが肉を切らせて攻撃しているんだ。
吹き飛ばされた母さんは風魔法を使って優雅に着地する。
大したダメージも無さそうだ。自分で後ろに飛んだのかもしれない。
余裕そうな母さんは着地しながら魔力を高め、何かの準備をしている。それを見たアンナさんも集中し始める。
準備が終わった母さんから先行して魔法を放つ。三本の風の刃が地面を抉りながらアンナさんに襲い掛かる。
アンナさんは慌てずに対処。間欠泉のように地面から水を吹き上げさせ、刃の軌道を変える。
進行方向が斜め上に代わった風の刃は、観客席の上空を通過し、はるか彼方へと消えて行った。
刃の行方を確認した母さんが、アンナさんに話しかける。
「ちょっと、びしょ濡れになっちゃったじゃない」
「私は血で汚れ、服もボロボロです。お相子ではないでしょうか」
どちらも余裕そうな表情で会話している。お互いまだ本気じゃないんだろうか。
外から見ると母さんの方が有利のように思ってしまうけど。
「あれが優秀な魔導師の戦い方ですよ。戦力が拮抗してしまうと遠距離の魔法は防がれてしまう。ならば接近して零距離で叩き込む。あの戦争で接近戦を経験したことが無い魔導師は居ないんじゃないんでしょうか」
「私も戦争には参加していませんでしたが、それほどに苛烈な戦いだったんですね」
「向こうも必死でしたからね。子供達にはあんな戦争を経験して欲しくないと思います」
「おっと、我々が話をしている間に、2人は再び接近していますよ」
実況席が興奮する中、2人の戦いは再び近接戦へと移行した。
今度は蹴りも交えながら、お互いの隙を突こうとしている。
でも、やはり母さんの風魔法の方が押している。風で作った刃が、徐々にアンナさんを切り刻んでいるからだ。
アンナさんの服が更に千切れ飛び、露わになった肌から血が滲んでいる。
水魔法は物理寄りなのかな。攻撃を受けた母さんは見た目に大きな被害を受けていない。もっと水を圧縮し、ウォーターカッターのように出来たらいいのに。
「徐々に差がついてきたような気がしますが、どうでしょうか」
「そうですね、一見リリーが優勢なように見えます。しかしアンナも力を溜めてますよ。どのタイミングで一撃必殺の魔法を放つか考えているのでしょう。もう少し様子を見てみましょうか」
父さんの解説通り、アンナさんは血塗れになりながらもまだ戦っている。まだギブアップを宣言しない。アンナさんの目は、まだ諦めていない。
「アンナさん、頑張れ」
諦めず戦うアンナさんを見て、声援を送る。
俺の声を聴いた母さんがちらっとこちらに視線を向ける。なんで自分を応援しないんだと言いたげな顔だ。でも、そんな苦情を言う時間はあるのかな?
「よそ見はダメですよ」
アンナさんがそう言った気がする。
いつの間にか背後に回っていたアンナさんが母さんに向けて魔法を放つ。母さんから滴り落ちていた雫を伝って、一気に冷気が体を駆け巡る。
一撃必殺の水魔法かと思いきや、氷結魔法を使って母さんの手足を固め動きを止めた。
アンナさんから漏れ出た冷気によって、競技場内に出来た水たまりも忽ち凍っていく。
アンナさんは母さんの動きを止めただけでは満足せず、直ぐに土魔法を使用し、顔だけ残して地面に埋める。そこまでやらないと氷結魔法だけでは脱出されると言うことだろう。
更に競技場内の土をかき集め、母さんの周囲を取り囲んでいく。次から次へと対策を講じ、脱出出来ないよう手を加えていくアンナさんを見て、母さんがついにギブアップ宣言をした。
「面白い戦いでした。アンナさんが水魔法を使い続けていたのは、氷結魔法の為の布石だったんですね」
「そうですね、リリーが視線を外した僅かな時間を見極めて勝負に出たアンナを褒めましょう。次もう一度戦ったら、リリーも油断しないでしょうが」
うちの娘は油断などしていないぞと東方伯が文句を言っている。いや、油断でしょ。観客席に視線を送っていい場面じゃなかった。俺の応援のせいだとしても、あれは良くなかったね。
アンナさんに掘り起こされた母さんは凄く悔しそうな顔をしている。
そんな二人に会場から拍手が送られる。
これで今日の武闘大会は終了。父さんの話では毎年開催していく流れになっているそうだ。
来年は出場者を公募し、さらに大きな大会にしていくらしい。どんな戦いが繰り広げられるのか今から楽しみだね。




