第66話 俺は深夜に眼が覚める
姉さんが帰って来た日の夜は、案の定父さんが喜びを全身で表していた。
そこまで感激していると嘘っぽくなるよね。
姉さんは帰って来たばかりなのに、翌朝からソゾンさんの鍛冶屋に行こうとしている。
さすがに使者が来るからとみんなに止められていたけど。
頼むから使者に対して機嫌悪そうに振る舞わないでね。
「失礼する。アレクサンドラ嬢は御在宅かな」
姉さんに昼ご飯を与えて宥めていると、ようやく使者がやって来たようだ。
せめて午前中に来てくれたらこんなに機嫌が悪くなることも無かったのに。
「私がアレクサンドラ・フリーグです。何かご用でしょうか」
応接室で使者と対面した姉さんは何とか怒りを抑えようとしているが表情が硬い。
興味本位で同席させてもらったがちょっと気まずいな。もう少し笑顔を作ってもらわないと印象悪いよ。
姉さんに続いて母さんが挨拶する。じゃあ俺もと後に続いた。父さんは仕事です。
「私はキーファー王子に使えるマリウスと申します。以後お見知りおき下さい」
おうふ、我が国の第一王子様の使者でしたか。いきなり大物過ぎでしょ。
さすが王子様の使者だけあって身形はきちっと整えられている。表情は柔和で気の良いおじさんって感じだ。父さんよりは年上だろうな。
「王子様が私に何の用でしょうか。会ったことも無いと思いますけど」
いやいやいや、姉さんそんなことないでしょ。
姉さんが魔力検査で1位になった年の慰労会で会ったじゃん。それから毎年誕生祭でやってる姉さんのパフォーマンスを見に来てるから。
姉さんは王子が作った魔力検査の記録を塗り替えたんだから、向こうはもの凄く姉さんを意識していると思うよ。
慰労会と誕生祭の事を姉さんに説明する。ああ、あの人かと姉さんも気付いたようだ。多少は意識に中に入っていたようでよかった。
「3月1日に主が10歳の誕生日を迎えます。お城での誕生パーティーに是非参加して頂きたいと、主は希望しています」
姉さんに飛び級を提案する話かと思ったけど、誕生パーティーか。
去年姉さんが飛び級を断った話は広まってるだろうから、その話をする前に少し距離を縮めておこうってことかな。
「すみません。しばらく忙しいのでパーティーには参加出来ません」
姉さん、少しは考えたら?
即答で断られるとは思っていなかったんだろうね。マリウスさんも困惑しているよ。
「では話は終わったようなので、これで失礼しますね」
「ちょ、ちょっと待ってください」
挨拶をして席を立とうとする姉さんを、マリウスさんが必死に止めようとしている。
俺と母さんは目線で合図をし、まったく口出しをせずに見守ることにした。
「その、忙しいのは承知の上でもう一度お願いするんですが、どうか誕生パーティーに出席して頂けませんか?」
「無理です」
早い。しかし今回は断られる心構えが出来ていた分マリウスさんの動きも早かった。
「どうしてそこまでお忙しいのか、理由を伺ってもよろしいでしょうか」
「私には果たさなければならない大事な約束があります。その約束を果たして、どんな無理難題でもやれば出来るってことを教えてやるんです。お遊びのパーティーに付き合ってる暇など無いんです」
そこまで言われると胸が痛い。姉さんが忙しい理由は俺が依頼した剣だからな。
エルツでいい宝石が手に入ったんだろう。早く工房に行きたくて今すぐにでも飛び出して行ってしまいそうだ。
「分かりました。主に相談して出直します。因みに飛び級で学校に入学して、主と同級生になるお考えはありませんか?」
「出直されても答えは変わりません。私には同い年の大切な友達が居ますので、態々飛び級をして離れ離れになろうとは思いません」
何があっても断ると決めている人間は強いね。マリウスさんも姉さんの力強い言葉を聞いてきっと諦めるだろう。
これにて使者との面会は終了。姉さんは朝から準備していた道具を手に取ると、マリウスさんより素早く家を出て行った。遅れずについてくアンナさんはさすがとしか言いようがない。
ぽかんとしているマリウスさんに母さんが謝罪している。俺も一緒に謝っておこう。どうもすみません。
「残念ですが、主には丁重に断られたと説明しておきます。ただ、パーティーの開催日時と会場の場所をお伝えしておきますので、当日急遽時間が出来たらで構いませんので参加して頂けると助かります」
開催日時などを書いたメモを母さんに渡して、マリウスさんは帰って行った。
ちょっとぐらい顔を出せばいいと思うけど、そこは本人に任せるしかないね。無理矢理連れて行って機嫌悪くされる方が問題だからね。
母さんも後はアリーに任せましょう、と言っている。親としてはどんな気持ちなんだろうな。王子に気に入られるって嬉しい事なんじゃないだろうか。
でも父さんならこう言うだろうけど。
「例え王子でも、アリーに男友達が出来るなんて許さん」
夕方仕事から帰って来た父さんに母さんが今日の面会の話を伝えると、俺が想像したのとまったく同じ発言をした。分かりやす過ぎるよ父さん。
2月末日の深夜、ふと目覚めた俺はトイレに向かった。用を済ませて部屋に帰ろうとすると物音が聞こえたのでそちらに行ってみる。
そこにはこそこそと屋敷を抜け出そうとする姉さんの姿があった。
「なにやってんの」
俺の声に姉さんが言葉通り飛び上がって驚いている。
「な、なんだゲオルグか。びっくりした。こんな時間に部屋から抜け出して何やってんの?」
それはこっちのセリフなんだけど。
「トイレだよ。姉さんは家から抜け出そうとしているみたいだけど?」
「ちょっと師匠の所に忘れ物をしたから取りに行ってくる。直ぐに戻って来るから父さん達には内緒にしていてね」
そういうと姉さんは扉を開けて出て行ってしまった。スススッと姉さんの後について行くアンナさんの姿はもう見慣れてしまったな。
もう日付も回っている頃だし俺も眠い。アンナさんがついて行くなら心配ないよね。寝よ寝よ。
ん?
日付が回って3月1日?
まさか、ね。




