鬼装天鎧–キソウテンガイ–②
昨日は更新出来ず、申し訳ございません!
「ド派手に行くぞウスケ!」
『嫌だって言っても聞かないんでやしょ!?』
どこにも姿が見えないのに、ウスケさんの声だけが響く。
今ウスケさんは、アメノハバキリと一つになった。
これこそが亜王院の頭領が代々受け継いできた秘技。
信のおける仲間の力を全て己に上乗せする、百鬼を統べる者にしか許されない秘技中の秘技。
元々バケモノじみた父様に、こちらもバケモノじみたウスケさんの強さを上乗せするとどうなるか。
答えは一つ。
––––––わけがわからなくなる。
「あたりきよぉ!」
二対のアメノハバキリを手に、父様は吠える。
その姿は、まさに獅子。
烈火の如く燃えるような赤髪を揺らし、隆々とした筋肉を膨張させて、僕らの長は誰よりも偉そうに––––––しかし誰よりも頼もしく吠えるのだ。
ウスケさんの音破丸と同じ大きさにまで縮んだアメノハバキリを交差させて、父様が身を屈める。
あの構えは、ウスケさんが最も多用する十八番の技。
ムラクモの里で一番速い、つまり世界で一番速い技だ。
「鬼装・絶破アメノハバキリが奥義!! 『音域跋扈』!」
『跳ぶぜ跳ぶぜ跳ぶぜぇええええ!』
声が、置き去りにされる。
そこに残る残像すら霞み、地面の至るところが抉れていく。
「う、うわっ!」
僕のすぐそばの地面が音を立てて破砕された。
父様の駆け抜けた後だ。
知覚の外側へと跳び回る『二人』の存在を一切認識できなかった。
遅れて、音と空気の壁をぶち破った際に生じた衝撃波が僕の体を揺らした。
「……若、こちらへ」
「はいっ!」
いつの間に隣に立っていたのか分からないけれど、リリュウさんが僕の背中を支えて体を引いてくれた。
「……若は見るのは初めてでしたな」
「き、鬼装天鎧の事ですか?」
「はい。若もいずれあの技を使いこなさなければなりません。よく見ておきましょう」
ぼ、僕なんかが、あの技を……?
出来るだろうか。
僕と父様の力量の間は、深くて広い。
何十年経っても辿り着ける気のしない次元の強さだ。
この何年かの朝稽古の度に打ちのめされ、自信なんかとうの昔に無くなっている。
僕は所詮、獅子の子。
永遠の子獅子だ。
父様みたいに猛々しく、力強く振る舞えもしない。
––––––駄目だ駄目だ!
弱気でどうする!
僕にはもう、守るべき女性とその家族だってできたじゃないか!
これまで以上に精進しなきゃ!
ナナカさんのために! ヤチカちゃんのために!
『グワアアアアアアアアッ!』
暮れなずむ夕暮れの空に、元伯爵だった邪鬼が跳び上がった。
いや、アレは––––––吹き飛ばされたんだ。
その証拠に、右肩が大きく抉れている。
続けて二度、三度と邪鬼が空へ空へと昇っていった。
衝撃に身体を揺らすごとに、その身体の色んな所が抉れていく。
連撃。
僕の知覚の及びつかない速さで、父様が何度も何度も下から突き上げているのだ。
胸、腕、頭、腹––––––と、一刀二刀のアメノハバキリで打ち振るわれる突撃の刺突。
邪鬼の穢れた黒い血がその度に飛び散り、霧雨のように空を汚していく。
邪鬼が普通の生き物ならば、もう何度死んでいるかわからない。
だがその程度で死ぬ程、邪鬼という存在は弱くない。
貫かれた胸が、腕が、頭が、腹が––––––すぐに元に戻っていく。
しぶとすぎる生命力と、無尽蔵の鬼気。
伯爵が内に抱えていた邪鬼は、未完成だ。
正しく成長した邪鬼は宿主を喰らって生まれてくる。
最後の締めの一品だと言わんばかりに、宿主の身体を内側から骨ごと血の一滴まで貪り、そして完全なる成体として飛び出してくるとタツノ先生から教わった。
だからあの邪鬼はまだ熟していない。
なのにあの回復力。
恐ろしい。
父様だってそれは承知だ。
だからまだ本気を出していない。
父様の本気はすごい分かりやすい。
分かりやすいけど、殆どの人が見たことがない。
だってあの人が本気を出すなんて、それはかなり不味い状況と言うことだ。
そうじゃないってことは、僕らは何も心配する必要の無い時。
だからこそあの父は頼もしいんだ。
「おっとぉ!?」
刺突によって千切れた邪鬼の首が、あらぬ方向へと飛んでいく。
よりにもよって、母様達のところへ!!
『頭領! 遊びすぎですぜ!?』
「悪い悪い!! ダハハハハっ!!」
いや何笑ってんだアンタ!
人がちょっと見直したらこうだよ本当にさぁ!!
『喰ラウ! 何デモイイッ! 喰ワセルゥオオオオオオ!!』
げげっ!
あの邪鬼っ! 首だけでも生きてる!!
は、早く助けに行かないと!
ナナカさん達があぶ––––––!!
「シズカ!! 『それ』こっちに寄越してくれー!!」
––––––あ、そうか。
何を慌ててるんだ僕は。
あそこには、母様が居たんだった。
「––––––アスラオ様?」
穏やかな笑みを浮かべたまま、僕の母様は首をかしげる。
着物の裾を拭い、拳を握りしめて––––––ちょっと怒っている。
「こちらにはテンジロウもキララも、そしてヤチカちゃんやナナカさんも居ますのに––––––」
ダンッ! と右足で地面を踏み抜き、迫り来る邪鬼の首に向かってその拳を思いっきり突き出した。
『頂キマ––––––ブゥアッ!!』
「––––––何をふざけているのですか!!!!!」
パァンっ! と、乾いた音が鳴る。
続けて、猛烈な塵旋風がまっすぐ父様や僕らの身体を押した。
「あらやだ。つい」
つい、で邪鬼の頭は爆ぜません。母様。
爆ぜさせてはいけませんよ本当に。
ほら、ご覧ください。
隣にいるナナカさんが目を大きく開けて固まってるじゃ無いですか。
ヤチカちゃんなんか何が起きたか分からず、突然の大きな音にびっくりして耳と目を塞いでいる。
うん。僕は見てた。
ちゃんと見てた。
母様の右拳から繰り出された正拳によって、飛来した邪鬼の首は跡形もなく吹き飛んだのだ。
血の一滴すら落ちない程、粉々の微塵に。
「さすがシズカ様です」
うんうんとリリュウさんが頷く。
そりゃそうだ。
里で一番強い、つまり世界で一番強いのは父様だけど。
里で一番『怖い』、つまり世界で一番『怖い』のは何を隠そう僕の母様だ。
「それよりもアスラオ様!! 悪ふざけもいい加減にしてくださいまし!! 」
「おっ、俺のせいじゃねぇよ! ウスケが––––––!」
「お黙りなさい!! 子供達の前で言い訳とは父親らしく無い!!」
「––––––はい。ごめんなさい」
ほら、怒ってる時の母様には誰にも逆らえないのだ。
『あーあ、怒らせちゃった。俺のせいにするからだ』
「うるせぇ! 大体テメエがもうちょい大人しくだな!」
『仕方ないでしょう! 鬼装中は妙に昂ぶっちまうんだから!!』
「知らん知らん! お前のせいだ!」
『いや知ってるでしょ! そもそも頭領が遊んでないで一発で終わらしてたら済んだ話でしょうが!』
「お前が調子ぶっこいて鬼気を送り続けやがるからだ!」
『頭領が!』
「お前が!」
うわぁ、みっともなぁ……。
いい歳した大人が責任の押し付け合いをしてる姿は、結構クるなぁ。
ソレが自分の父親なら尚更だ。
ていうかそんな事してたらまた––––––。
「いつまでやってるのですか! さっさと片付けなさい!」
「『はい!』」
––––––ほら怒られた。
本当あの人達、コドモなんだから……。
「アレは見なくても良いですよ若」
リリュウさんが餓鬼を捌きながら呆れている。
「もう全部見てますよ」
手遅れです。
「ちっくしょう! 頭にキたぜ!」
父様の身体から、炎が吹き上がる。
『紅蓮獅子のアスラオ』。
父様を知ってる人は、あの人の事をそう呼ぶ。
それはあの姿を見たからだ。
天を突き刺す紅蓮の円柱。
父様の鬼火は空の彼方まで吹き上がる。
「それもこれもテメエのせいだぁ!!」
『ちょっ、頭領! 幾ら何でも!!』
完全に逆ギレを起こしている父様は、更に炎柱の勢いを増していく。
紅蓮から、蒼炎。
父様の鬼火の色は、本当は赤なんかじゃない。
僕らは亜王院だ。
アオオニの頭領の呼び名が『紅蓮』だなんて、チグハグすぎる。
僕ら一族がアオオニと呼ばれるのは、その身から吹き上がる炎の鬼気が––––––蒼いから。
普段から抜きに抜きまくっているサボリ魔の父様は、その炎すらサボリ癖が付いている。
故に、赤かった。
『いでででででっ! 頭領めちゃくちゃ痛いっす!!』
「知るか我慢しやがれ!!」
首を失ってもなおぐねぐねと暴れまわる邪鬼に向かって、父様は絶破アメノハバキリを向けた。
「成仏しろよスラザウル!! これが俺の手向けだ!!」
『痛ぇぇぇえ! ぎゃあああああっ!!』
ウスケさんの悲鳴が蒼く照らされた夕暮れの空に木霊する。
なんて悲痛な声なんだ。
可哀想です。
「気炎万丈!! 蒼鬼炎角––––––『うぎゃあああああああああああああぁあぁああああっっ!!!!』––––––うるっせええええええええええっ!!」
放たれた極太の蒼い炎撃が邪鬼の身体を両断し、そして燃やしていく。
首を失って末期の声すら上げられない邪鬼の代わりに、ウスケさんの聞き苦しい悲鳴がどこまでもどこまでも響き渡った。
なんだこれ。




