我が一族の力を見よ③
すいません……眼病のせいで昨日は投稿できませんでした。
スマホすら見るのが辛いんだ……
「おう、スラザウル。良い様だな」
「おのれ、亜王院・アスラオ……っ。この卑しき蛮族めっ!」
縄で縛られて、屈辱的に地に伏せる伯爵が父様を憎々しげに睨む。
「なぜ由緒正しき王国貴族のワシがこんな目に……っ! 呪われろ! 貴様らの卑しき血など未来永劫呪われればいいのだ!」
こんなみっともない姿なのになぜここまで悪態をつけるのか、僕には不思議でたまらない。
自らがしてきた行いを顧みれば、絶対にこんな事言えるはずないのに。
「…………本当に分かってねぇのか」
父様は伯爵の前に腰を落とし、その顔を覗き込む。
「私はアルバウス伯爵家当主だぞ! 王国に背く行為など何一つ行ってないわ!」
噛みつかんばかりの剣幕で、伯爵は叫んだ。
「さっきからこの様子だ。あれだけ証拠が揃っているというのに、本当に理解できない」
伯爵の隣に立つ筆頭執務官と言う人が困ったように首を振る。
「アガラマの宰相への親書と、アズバウル家の家紋付き蜜蝋が施された裏帳簿。それに多くの目撃情報や重税を取り立てた現場すら押さえてあるのに、なぜ貴様は認めようとしない。誇り高き王国貴族の矜持がまだ残っているならば、神妙にして縛につけ!」
「ええい煩い煩い! 何一つ身に覚えが無いわたわけ!」
執務官様の言葉に過剰に反応し、伯爵はジタバタと地面の上で暴れまわる。
「ワシは王陛下に忠誠を誓ったこの国一番の忠義者だ! そのワシを冤罪で縛る貴様らこそ不忠不敬! 陛下に代わってワシが素っ首叩き落としてくれる!」
「……こうですよ。亜王院様」
執務官様は眉をひそめて父様を見た。
「––––––ああ、こりゃダメだな」
父様が汚い物を見るような目で伯爵を見下ろす。
いくらなんでも、往生際が悪すぎじゃないだろうか。
まるで本当に自分は悪くないと思っているみたいだ。
「スラザウル、一つだけ聞く」
「なんだ無礼者!」
父様の静かな声と相反して、伯爵の声が辺りに響いた。
本当に、何かがおかしい。
「かつて、俺がお前らの要請を受けて討伐した『アレ』。『アレ』があの時すでに失っていた右腕は––––––見つかったんだな?」
「––––––っ!?」
「なるほど。その態度で大体わかった。まぁ予想通りだ」
父様はめんどくさそうに立ち上がり、腰を伸ばす。
首の骨を二、三度鳴らし、右腕をぐるんぐるんと回した。
やがて腕の回転を止めると、いつのまにかその手に大きな刀を持っていた。
これは父様の刀。
亜王院の頭領に代々受け継がれる、––––––神鬼アメノハバキリ。
常に父様と共に在り、常にムラクモの里を護る神剣。
父様は目を瞑り、幾重にも施された封を一つ一つ念じる事で解きながら––––––くすみや傷一つすら無い赤銅色に輝く鞘から解き放つ。
「––––––貴様、『アレ』がどういう物か理解した上で、取り込みやがったな?」
「しっ、知らん! ワシは何も知らんぞ!」
脂汗。
醜く太ったその身体から滲み出るその汚らしい汗を盛大に噴出しながら、伯爵はがなる。
「執務官殿、悪い事は言わん。離れておれ。これよりここは戦場となる」
その様子をあえて受け流し、父様は執務官様に促した。
「––––––かの高名な鬼一族の頭領がそう言うのならば、我らは一度離れましょう。騎士団の力は必要ですか?」
「いらんいらん。足手まといだ。村人達を全力で守るよう言っとけ」
しっしっ、と。まるで煩い蝿を追い払うように執務官を遠ざける父様。
本当に態度デカイなこの人は。
代わりと言ってはなんだけど、僕は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる執務官様にぺこりと頭を下げた。
すいません。
ウチの父、こんな人なんです。
「––––––領主の権力を振り回して、民草に苦痛を強く行い。更には自らの血を分けた娘と、その母に働いた非道。もはや貴様を許す口実など見当たらん。暴れなければ一族郎党皆一太刀で殺してやるが、どうせなら精一杯抵抗してくれ。貴様らは苦しんで死ぬべきだ」
「––––––わ、私達もですか!?」
「私はなにもしておりません! すべてスラザウルが行った事です!」
父様の言葉に一番反応したのは、伯爵の妻達だった。
夫を庇う事すらしないのかこの女性達は。
「そうよ! 殺すならお父様一人にしなさい!」
「私達がなにをしたって言うの!?」
「私達は被害者なのよ!?」
それに同調するように、四人の娘達ががなりたてる。
ナナカさんと少しだけ似ているその顔が、憤怒で醜く歪んでいく。
「––––––お母様達は領内の若い娘の生き血を毎日飲んでいるわ! 私止めたの! だから私は見逃しなさい!」
「姉様は使用人の男の四肢をもいでオモチャにしてたわ! 私はしてないから、この縄を解いて!」
「娘は赤子の生き肝を生で食べるのが好きなのです! 私は脅されて仕方なく集めただけなのです!」
「そっ、そっちだって! 田舎村の井戸に毒を仕込んだの知ってるんだから!」
「貴女だって喜んで見てたじゃない! それに農民と家畜を縛って生きたまま火をつけて遊んでたのは貴女よ!」
「自分より美しい娘を見たらすぐに捕まえて股裂をする変態に言われたくないわよ!」
「なによ! そんなのお母様の方が酷いわ! 孤児を集めて毎晩毎晩淫らな拷問をしてるじゃない!」
「貴女! 実の母を売る気ですか!? 貴女のために異国から亜人を買って差し上げたのは母なのですよ!?」
「そっちこそ、実の娘が死んでも良いっていうの!? 親なら代わりに死んでよ!」
言葉が出ない。
一体なにを言ってるんだこいつらは。
「タオ、これが俺達の『敵』だ」
父様が心底怪訝な顔をして、伯爵の娘達を指差す。
「昔、お前がまだ生まれる前。俺達亜王院はこの地でその討伐をした。この伯爵の依頼でな」
「しっ、知らん! ワシは何も知らんぞっ! 知らんのだっ!」
父様に指差された伯爵が更に大きく声を張り上げた。
「なぜそうしたのかは––––––知らん。興味が無い。だがこいつが間違えたのは確かだ。かつてその目に焼き付けた『アレ』の、理不尽にして強大な力を欲し、そして取り込んだのだ」
––––––『アレ』。
父様は『アレ』の名前を口に出す事を嫌う。
忌み嫌っているし、唾棄してもいる。
僕ら亜王院の終生の敵。
討たねばならぬ世界の穢れ。
存在するだけで人の心を汚し、そして虜にするまるで病のようなモノ。
僕らと祖を同じくする––––––同種。『青』と『赤』の一族の宿敵。
「時期的に、ナナカの母の嫁入り前後か。貴様は『アレ』の右腕を密かに探し当て、そして喰らったのだろう? 俺があれだけ忠告していたにも関わらず、自ら進んで関わったのか。本当に救いようが無い」
「––––––ちっ、違う! 違う違う違う違う違う違う違う!」
ブンブンと、土煙すら巻き起こして首を振る伯爵。
顔色はみるみる青ざめ、脂汗はいっそうその量を増す。
「取り入れたつもりが逆にあっけなく取り込まれ、赤子の様に簡単に心を乱されたのだ。自分の娘や嫁すら巻き込み、『アレ』の繁殖に手を貸したのだ」
「知らんのだああああああっ!! ワシはっ! ワシのっ!」
「ナナカとヤチカ、そしてその母を遠ざけたのは最後に残った理性と良心の働きか? 貴様は自身が狂ってることも自覚できず、そして自分が何をしてるのかも理解できていないのだろう?」
「ワシっ、ワシはっ! ムツミがっ! ナナカをっ! ワシの娘が––––––娘だ……私の娘は、守らなければっ!」
「そうだ。貴様は負けたのだ。何のために欲したのかは分からん。だが賭けに負け、そして全てを失った。惨め! なんて惨めなんだスラザウル!!」
「私はただっ! かつてのアルバウス家の威光を取り戻したかっただけだ! 『アレ』の力さえあれば、たかだか法術が使えるだけの新貴族供などに良い顔などさせぬ! ワシの家は再び陛下に認められ、こんな追いやられた地でなく、本来の我らの領地を取り戻せたはずなのだ!」
「その結果! 多くの民草の命を悪戯に消し去り! 己の最愛の妻とその娘を追いやったのか!!」
「ワシは! 私は! 愛していたのに! ムツミを深く愛して––––––愛して……? 裏切られたのは、ワシだろう? なぜワシが責められねばならん……?」
「思い出せスラザウル!! 貴様、『アレ』に何を望んだ!!!」
「ワシが––––––望んだのは……」
「いやあああああああっ! 死にたくないいいいいい!」
突然空気を裂いたのは、伯爵の娘の奇声だった。
全身を突っ張らせ、ジタバタと地の上でのたうち回り、苦しんでいる。
僕は刀を鞘から抜き、構える。
始まった。
全てを歪ませた『元凶』が、今彼女達の体を捨てて生まれようとしている。
もう誤魔化す事が出来ないと悟ったのだろう。
奴らは賢しい。
もう『殻』に入っている必要が無いと分かれば、すぐに見捨ててしまう。
もう彼女達に、利用価値など無いから。
「あがあああっ! 痛いっ! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいいいいっ!」
「あっ、あっ、あっ、あっ! 裂けるぅううううう!」
「お願い行かないでえええ! 見捨てないでええぇ!」
「嫌よ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌ぁ! まだ足りないの! もっと私にちょうだい! もっともっともっともっとっ!」
「貴方ぁっ! 止めてくださいましっ! 今失えば私達は!」
「死にだぐない゛い゛っ! 遊び足りないのぉ!」
次々と、伯爵家の女性達が暴れまわる。
陸に打ち上げられた魚のように、縛り付けられた手足があらぬ方向に曲がっていることすら気付かず、彼女達が『死んでいく』。
「ワシは––––––私は––––––ワシはワシはワシはワシはワシはワシはワシは」
「ふんっ……壊れたか」
父様はアメノハバキリを肩に乗せ、一歩づつ後退する。
「頭領、こいつは」
いつのまにか父様の側に控えていたウスケさんが、伯爵達を見ながら呆れ顔で呟いた。
「ああ、娘や妻達はただの眷属だろう。本体はスラザウルだな。このやり口は––––––瑠璃姫か」
「かぁーっ、最古の一鬼の紅一点っすか。執念深いっすねぇ」
額に手を当ててウスケさんは態とらしくため息を吐いた。
「…………若様。無理をなさらぬように。初陣では皆気負いすぎて、しなくても良い怪我を負ってしまうことがままあります故」
僕の前に立ったリリュウさんが、左手で僕の身体をかばいながら長刀を伯爵に向けた。
「りょ、了解です!」
せめて足手まといにならぬよう、頑張らねば。
「……返事と態度が合っておりませんな。仕方ない。俺が若様の補佐に回ります」
「かかっ! リュウは相変わらず過保護だなっ! しかしまぁ、若と『本業』の戦場に立つなど、俺らも歳を取ったもんだ!」
何が面白いのか、ウスケさんはケラケラと笑いながら愛刀である二刀を両手に構えた。
「……お前は何の成長もしとらんがな」
「おっ!? 言うじゃねえかこのムッツリめ!」
「事実だ」
あれ?
結構おしゃべりするんだ。
ウスケさんとリリュウさんが話してるの、初めて見たかもしれない。
リュウ、なんて愛称まで出るところを見ると、もしかしてこの二人って、実は仲良し?
「よぅし、んじゃあどんだけ仕留められるのかいっちょ勝負すっか」
「……良いだろう。最近お前は調子に乗りすぎだからな。ここらで分からせてやらねばならん」
……いや、仲良しってわけでもなさそうだぞ?
「こらお前ら、良い加減にしろ!」
父様が振り向きもせずに二人に注意を促す。
おおっ、頭領っぽい事してる。
流石に場を読んでくれたのか。
普段の父様と大違いだ。
「大きいのは俺の獲物だ! お前らには雑魚しかやらんからな!」
前言撤回。
誰よりも楽しそうだ。
このクソおやじめ。
「タオ坊!」
「––––––はいっ!」
突然呼ばれたから、ちょっとだけ反応が遅れた。
「見てるだけじゃダメだからな!! お前もしっかりと、勤めを果たせよ!?」
「かしこまりました!」
「んんっ! 返事や良し! さぁ、暴れるぞ野郎ども!」
『『おおっ!!』』
刀衆の皆が、それぞれの愛刀を振り上げて気合いの声を出した。
僕も負けじと、貰ったばかりの愛刀を掲げる。
「ワ、ワシは! ワシの! ワシの力ああああああああ!!」
一際苦悶の声を張り上げ、伯爵の身体が暗く重い光に包まれる。
さぁて、出てくるぞ。
僕らの、そしてナナカさんの敵が。
神代の頃より穢れを振りまく、澱みの化身。
生きとし生ける全てのモノを嘲笑う––––––その名も『邪鬼』。
亜王院の宿敵が、暗雲を纏って現れる。




