挫けなければ道は開ける
だが僕の願いもむなしく、現実は僕の妄想を忠実にトレースする。まずは300年の間、沈黙を続けていた日本一の山が噴火した。その爆発や、僕のいる神奈川でも衝撃波で立っていた者をなぎ倒すほどだ。そしてそれに呼応するかのように各地の山々が噴火を始める。中には地質学的に10万年は噴火していないとされていた山まで噴煙を上げていた。
どこにそんなマグマがあったんだ?いや、これは僕の妄想を具現化したものだから科学的な考証なんて役に立たない。なんてってニサンカやジャスティスが具現化しているんだぜ?それに比べればマグマなんて容易いものだろう。
人々は噴火する山々から遠ざかろうと海岸線に逃げ出す。だが噴出された噴煙が空を覆い、昼間だというのにあたりは真っ暗だ。しかも微細な塵が空中を舞い、マスク無しでは呼吸することすら難しい。マグマなどの流出による火砕流が麓を襲うが噴火直後ではなかった為、避難が間に合い人的被害はそれ程ではなかった。だが避難場所は限られている。そこすらも上流の土砂でせき止められた堰き止め湖の決壊により一気に押し流される危険がある。東京の近郊を流れる大河などは上流が堰き止められた為、川底が見えている。人々はその異様な光景に恐怖した。
この日本全土に及ぶ災害では安全な場所は一箇所もない。原子炉のメルトダウン時はとにかく遠くへ逃げれば安心できた。だが今回は逃げる場所がない。一部の人は船に乗り込み外洋に避難したが、それとてこの災害が収まらない限り何れ食料が底を付く。外国に逃げるにも一番近い国は僕らの国を嫌っている。一番安心できる大国は広大な太平洋の遥か向こうだ。
だがそんな悪夢も一週間ほどで沈静化した。地下のマグマを吐き出し尽くした山はまた静かな眠りにつき始めた。それに伴い地震の回数も激減する。政府や人々はやっと自分たちがコントロールできる程度まで事態が収まりつつある事を感じ始めた。
「タケル君っ!」
避難先で偶然にも僕は彼女と再会した。
「生きていたのかっ!よかった!」
「うんっ、もう駄目かと思ったけど海上保安庁の船が助けてくれたの。」
どうやら彼女は堰き止め湖の崩壊で鉄砲水と化した川の近くにいたらしい。そしてそのまま海まで押し流されたそうだ。川の近くという事で支給された簡易救命胴衣を着用していたのが生死を分けたという。そしてそのままこの避難場所まで運ばれたそうだ。
「そうか、大変だったね。でも無事で何よりだ。」
「ここはあまり被害がないのね。」
「ああ、この県には噴火するような山がなかったからね。北部は川の氾濫に見舞われたけどここは大丈夫だ。もっとも海を渡って火山灰は降り積もっているけど、これくらい今じゃどこでも普通だよ。」
僕は避難場所の周りに降り積もる火山灰をスコップで集める作業をしていた。そして丁度、歩いて避難してきた彼女と再会したのだ。しかし、再開したのもつかの間、この時最後の審判が下されようとしていた。
ずんという縦揺れの後、何故か地面が傾き始める。
「なにっ?なんなの?タケル君、なんか地面が傾いているっ!」
「とうとう始まったか・・。」
僕はこの現象を知っている。地殻崩壊・・。地下のマグマが空になったことにより空間ができた。そしてその上に乗る岩盤の重さをとうとう支えることが出来なくなった場所から順次崩落し始めたのだ。
この県には幸い噴火した山はなかった。しかし、地殻は繋がっている。崩落で生じた衝撃波は次々に伝播し地殻にヒビを生じさせた。そして強度を失った地殻は自身の重さを支えきれなくなり崩落する。それはまるで連鎖反応のように日本中に広がっていった。
地盤が沈下したことにより海水が内陸に押し寄せてくる。それはまるで悪夢の津波を連想させた。人々は我先にと陸の奥へと駆け出す。だが海水の押し寄せる速度の方が早かった。波は周辺の家屋や放置された車を飲み込みながら向かってくる。
「こっちだっ!」
僕は彼女の手を握りながら少しでも高いところを目指して走り出す。だが高台に登る階段までもうちょっとの所で波に足を取られる。そこに波に乗った家屋が圧し掛かってきた。そして彼女の手を握っていた手の感触がなくなった。
「くそっ、離しちまった!どこだ、どこにいるっ!」
僕は水面から顔が出た瞬間、彼女を探して周囲を見る。そして一瞬だけ彼女を見つける事ができた。
「なっ!」
彼女は僕の数メートル先で波に沈もうとしている。だが僕の呼び掛けには答えてくれない。いや、答えようとしてくれているのかもしれなかったが、ぱくりと切断された彼女の喉は声を挙げることが出来なかったのだろう。彼女が沈んだ場所には赤い血が広がった。だが、それも次の瞬間には波に洗われ消える。彼女に手を伸ばそうとして僕は自分の腕がない事に気付く。多分、先程の漂流物の中に鋭利なものがあったのだろう。それが僕の腕と彼女の喉を切り裂いた。
次に押し寄せた大波に、僕は偶然波の上に乗る形となり大岩の上に打ち上げられた。だがそこもすでに安全ではない。目に見えて海へ沈んでいくのが判る。だが今はそんなことより彼女を探さなくては!
僕は千切れた腕を縛り出血を防ぎながら彼女を探す。だが波に浚われた彼女はどこを探しても見つからなかった。
「うおおおっ!」
僕は波に洗われる高台で生き残った片手で大地を殴りつけて叫ぶ。
駄目だ、こんな事が現実になっちゃ駄目なんだ。妄想とは現実では起こりえない事をあれこれ思い描く自由がある。だからなんでも出来るんだ。でも、それが現実に起こったら駄目だ。妄想とは個人の我侭だ。だから人の迷惑など顧みない。でも妄想は所詮妄想だ。辻褄の合わないことも夢から覚めれば霧散してしまう。でも現実では起こった事は元には戻らない。
目の前に広がる惨劇を眺めながら僕はある決心をする。この災害が僕の妄想から起こったものなら、僕の妄想によって取り消せるはずだ。こんな事は起こってはいけない。僕は妄想における最終手段を使うことにした。その方法とは・・。
全てを無かったことにする。あの時に戻って最初からやり直すんだ。
時間の巻き戻し・・。しかも僕だけではない。日本だけでもない。全世界をあの時まで巻き戻す!
僕は僕が知りえる全ての知識を動員して、この世界をあの時に戻す妄想をする。異次元ワープ?時間跳躍?駄目だ、僕だけが飛んでも仕方がないんだ。みんなを連れて行かなくてはならないんだっ!
どうすればいいんだ?誰か漫画や小説で描いていたやつはいなかったか?僕だけが飛んで妄想をしないようにすればいいのか?だがそれでは今この時を苦しんでいる人たちはどうなるんだ?僕が飛んだ瞬間に消えてなくなるのか?そんな事があってたまるかっ!僕たちは誰かの妄想のモブキャラじゃないっ!生きているんだっ!そして死んでいったんだ!
考えろっ!考えるんだ!絶対戻せる方法があるはずだ!無ければ創り出せっ!妄想に限界はないっ!一回だけでいいんだ、僕は神になってやるっ!
-タケルくん・・。-
その時、僕の目の前に死んでしまったはずの彼女が立っていた。
「ゆうこ・・、生きていたのか・・。」
-大丈夫、タケルくんなら出来るわ。もっと深く、私たちの根底にあるチカラを信じて念じるの。-
「僕たちの根底・・。」
-そう、信じる事が大切なのよ。そして思うチカラの前では叶わない願いはないわ。-
「信じること・・、願うこと・・。僕の願い。」
-さぁ、一緒に願いましょう。そうすれば必ず思いは届くわ。-
「僕の願いは・・、君を・・、君と一緒にいたい。」
その時、世界の時は止まった。時が止まったのだから動くものもない。惑星も銀河も公転することを止めている。そんな静止した世界で僕だけが動いている。いや体は微動たりともしない。ただ意識だけがその変化を感じ取っていた。
どのくらいそうしていたのだろう。いや、時間の止まった世界で時間を感じるのは無意味か。だが世界はゆっくりと動き始めた。但し反対方向に。地盤が隆起し、マグマが火口に吸い込まれ、地震が発生し、ジャスティスとニサンカが戦った。但し全ての動きは逆だった。その速度はどんどん速まる。そしてとうとうあの時の朝まで時間が巻き戻る。僕は安堵のため息をつきそこに倒れた。時間は戻ったが何故か僕の傷は治らなかった。いや、いいんだ。時間を戻せたことが大切なんだ。
-よかった。戻せたんだ。これでこのまま僕が死んでしまえばあんな惨事は起こらない。よかった、本当によかった。・・ありがとう神さま。そしてゆうこ。でも・・もう一度会いたか・・。-
その朝、目覚まし時計の音で僕は目覚めた。
人はそれを夢落ちという。
妄想日本沈下編-完-




