屋上での戦い
校舎の裏側には住吉とヘレニアが既にいた。場所を変えつつ盛んに下へ向けて射撃をしていた。ほぉっ、ヘレニアはともかく住吉も見掛けによらないな。ありゃ、プロの動きだよ。参ったなぁ、これじゃ誰が情報提供者か益々判らないじゃないか。というかこの3人じゃないかも知れないな、全く面倒な事になりやがった。。
「状況は?」
屋上のパラペットに隠れて佐賀がヘレニアに聞く。
「あいつら何か特殊な装置で壁をよじ登ってくる。援護射撃が激しくてまともに狙えない。」
おっと、ヘレニアが流暢に喋っているよ。やっぱりな、全くこいつら怪しさ全開だぜ。
「場所は判るのか?」
「こことふたつ隣の柱の2箇所だ。」
「そうか、ならこれで振り落とそう。」
そう言って佐賀はポケットから手榴弾を取り出しヘレニアに渡した。
「起爆時間は3秒だ。タイミングを見て片付けろ!」
「了解。」
ヘレニアは両手に手榴弾を持つと口で安全ピンを引き抜き時間をずらして投下した。程なく爆発音と何か重たい物が地面に激突した音が届く。僕たちも住吉が守るふたつ隣の柱に駆け寄り、同じように柱を登って来ているであろうテロリストに手榴弾をプレゼントした。それをヘレニアが鏡で確認し手でOKのサインを送ってくる。
「周囲からの狙撃はあるのか?」
僕は敵の攻撃が一旦収まった頃合を見て佐賀に状況を問いただす。
「今のところはないな。だがあのビルとあの鉄塔はこちらより高い。やつらがバレットあたりを装備していたらあのビルとその裏山も危ない。」
バレットは12.7ミリ弾を2000メートルの距離から正確に撃ち込む性能がある。本来は壁などの遮蔽物に隠れている敵を壁ごと撃ち抜く用途で開発されたことになっているが、実戦では長距離間狙撃に使われることもある厄介な銃だ。
「まっ、狙撃に関しては撃たれてから用心するしかないな。まずは目の前の敵に集中だ。」
佐賀はまるで他人事のように言う。確かにいるかどうか判らない敵を気にしていては目の前の敵に集中できない。ここはテロリストの狙撃兵の腕が平凡なことを祈るしかなかった。
「手榴弾の残数は?」
「俺の手持ちはさっきので終わりだ。後は何人かが持っていると思うが10個くらいかな。」
「となると、あまり高さを生かした攻撃方法がないのか・・。」
「ここまで迅速に包囲される事態は想定していなかったからな。」
「応援は来るのか?」
「要請はしているはずだ。ただ見てみろよ。」
佐賀は少し頭を上げて遠くを指差した。そこには2筋の黒煙が上がっている。
「あそこが何か?」
「あそこは国防軍の通信設備がある場所だ。多分下にいるやつらの仲間が襲撃したんだろう。」
佐賀の言葉に僕は言葉が出ない。軍の施設を同時に襲撃したとなるとこれはもうテロの範疇じゃない。立派に戦争と言っていいだろう。まぁ、この国の政治家は頑として戦闘状態としか言わないだろうが。
「となると援軍は・・。」
「ここは自衛装備と兵力があるからな。優先順位は低いかな。」
佐賀は事もなげに言う。いや、僕も事情を知っていればこんなマヌケな問い掛けはしないんだが、今回は僕と言えども想定外な事ばかりだからな。仕方がない、ここは何とか生き残ることだけに集中しよう。
「迫撃砲!」
その時、どこかから警告の声が屋上にいる全員に向けて発せられた。
迫撃砲、それはライフルの弾丸と違い一旦上空に打ち上げられた砲弾が重力によって上から落ちてくる一種の爆弾だ。爆弾だから炸裂すると破片を撒き散らす。遮蔽物のない屋上で爆発すると5、6発で全滅しかねない厄介な兵器だ。
生徒たちは一斉に屋上に伏せる。中には倒れている生徒を盾にする者もいた。僕らも屋上に突き出ている柱の影に逃げ込んだ。まぁ、この後は運次第である。遮蔽物の陰に隠れたとしても目の前に砲弾が落ちて来たらそれまでだ。
そして僕らは神に愛されていたらしい。4門の迫撃砲による5度の砲撃を全て耐えた。まぁ、柱の真後ろで爆発された時は、衝撃波で一瞬気が遠くなったが何とか踏ん張った。生徒たちの損害もそれ程ではない。倒れているのは半数程度だ。生き残った者は迫撃砲陣地目掛けて射撃を開始する。その時生徒側に新たな援軍が到着した。手には対陣地用のロケットランチャーを抱えている。
しかし、下からも撃ち込まれているのでてろてろと照準を付けている暇はない。鏡で大体の位置にあたりを付けたらパッと遮蔽物から身を乗り出して発射する。はっきり言ってめくら撃ちだが4発目がたまたま命中した。その後もテロリストの射撃を掻い潜り何とか迫撃砲陣地を使えなくする事に成功した。
迫撃砲が使えなくなった事によりテロリストたちは屋上を直接攻撃する術を失ったようだった。その為、屋上の占拠は諦め、戦力を1階に集中し始める。対航空戦力用に弾薬の使用を控えていたシルカも、そうとも言っていられなくなったのか1階と屋上に弾丸をばら撒き始める。
さすがに23ミリ4連装砲に撃たれると反撃もままならない。対陣地用のロケットランチャーはあるが、これは無誘導なのでこの状況下ではどんなに訓練を積んだ者でも当てることは出来ないだろう。
「いやはや、これだから篭城戦は嫌なんだ。本来なら上を取っているこちらが有利なはずなんだがな。あんなロートルの兵器に押さえ込まれるなんて、この状況を知らないやつらに知られたら笑われちまうな。」
佐賀が自嘲気味に呟く。確かにこれが市街地戦で色々な建物から攻撃できるならあんな装甲車輌など歩兵の携帯兵器で簡単に撃破できるが、既に校舎を囲まれた状態ではそれもままならない。先程のロケット攻撃が成功したのはテロリストがこちらの保有兵器を見誤っていたからで、一旦露見すれば対応されてしまうのだ。やつらにはそれが出来る錬度と物資があった。
「どうする?1階に降りて叩くか?一旦外に出て回り込めば後ろを取れると思うが?」
ヘレニアが佐賀に打開策を進言する。やつはこんな状況を何度も経験しているのだろう。それ程焦っている様子はなかった。
「今1階は激戦中よ、ちょっと出るのは無理ね。仮に出られたとしても回り込むのに10分は掛かるわ。外部にも人を配置されていたらもっと掛かる。あまりいい案とは思えないわ。」
ヘレニアの案に住吉が反対した。住吉の言い分ももっともである。あの規模の人員を動員できるテロリストが外部への備えを怠っているとは考えずらい。下手したらマンホールすら溶接しているかもしれない。
「となると応援が来るまで持ち堪えるしかないな。」
佐賀は数瞬考えた後あっさり反撃を諦めた。いや、あんたさっき援軍は見込めないって僕に言わなかったか?
「そうね、そこで相談なんだけど私は1階に行っていいかしら?あいつらも屋上を直接攻撃するのは諦めたみたいだし、ここにこの人数は要らないでしょう?」
住吉の問い掛けに佐賀は少し考え込む。そして決断した。
「OK、君たちは下に降りてくれ。ヘレニアも、もし行けそうだったら何人か連れてアタックしてみろ。」
「じゃ、そうゆうことで。行くわよ、ヘレニア、大和。」
「了解。」
ヘレニアは即答して階段へ向かって走り出す。僕も一拍遅れて後を追った。




